映画「ベスト・キッド」の主人公ダニエルが掃除をしながら空手の感覚を身に着けたように、日常生活の中で卓球の感覚を磨くことはできるのか? 妄想的ミステリーショートのはじまりはじまり。 

登場人物

阿部真由美(32)……OL。卓球歴2年のレディース。
阿部卓郎(35)……学生時代卓球部のサラリーマン

怪文章で卓郎の夜の行動が明らかに!

私は阿部真由美。夫の卓郎と二人暮らし。2年ほど前から近所の卓球場に通うようになりました。ようやく試合形式の練習ができるようになり、今週末は学生時代に卓球部だった夫と初めてミックスを組んで試合に出ることに。

そんな矢先、卓球場での個人レッスンの終わりにコーチから一通の手紙を渡されました。

コーチ「なぜか真由美さんあての手紙が卓球場に届いていました」

真由美「???」

私の手のひらにそっと封筒をのせるコーチ。「まゆみさんへ」と書かれた手紙を優しく受けとって封を開けると、中には怪文章が……。

「あなたの夫は闇連に夢中だ」と、いかがわしい文字が並んでいます。

手紙

一体どういうことでしょうか???

週末に初めてのミックス大会が控えているというのに、ここ数日、仕事の帰りが遅い夫。一緒に練習できる時間がなくやきもきしていたのに、ひとりでこっそり練習しているだなんて。差出人不明の密告書。恐怖でなりません。

シュレッダーでも裁断できない不安

その晩、夫を問いただそうと思っていたのに、夫は私が寝ている間に帰宅し早朝に出かけて行った様子。おかげで私は日中の事務仕事に集中できませんでした。気分転換に不要書類をシュレッダーにかけていると、先輩が来て……。

先輩「真由美さん、ウエストを細くしたいの?」

真由美「えっ?」

私はイスに座ったままシュレッダー作業をしていました。イスの右隣に置いたダンボールから書類を取って正面に置かれたシュレッダーに書類を投入する。下半身の動作は右から左にイスを回転させるだけ。確かにウエストが細くなりそうです。

先輩「雑務は忙しくない時にしてちょうだい」

真由美「すみません」

私の右隣には空になったダンボール箱がいくつも転がっていました。心配事で頭がいっぱいになっていたとはいえ、私は一体何時間この作業を繰り返していたのでしょうか。

考え込んで焼きナスのトラップにはまる

家に帰ると、夫から携帯電話にメールが届きました。「今日は早く帰る」と。私はほっとして夫が好きな焼きナスを作り始めました。作りながら、怪文章のこと、闇連のこと、どんな風に話を切り出そうかと考えていると……。

真由美「熱っつーーー!!!」

考えながら焼きナスの皮をむいたら、指先をやけどしてしまいました。あわてた私はナスからパッと手を放し、指を水で冷やしました。地面に落下した焼きナスはあとで拾って洗い、捨てずに夫の皿に盛りつけてしまいました。

卓郎の帰宅とともに真由美のストレスは爆発する

しばらくすると卓郎が帰宅。何も知らない夫は夕食の焼きナスに喜び、テレビをつけてバラエティ番組の告知に笑っていました。私の頭の中では怪文章→先輩からの叱咤→焼きナスによるやけどなど、一連の出来事が走馬灯のように流れています。

卓郎「なにボーっとしてるの。先に食べるよ」

夫が焼きナスを箸でつまみ、口に運ぼうとした瞬間。私は夫の頬を思いっきりビンタしました。

バチーン!!!!!

ストレスが爆発したのか、落ちた焼きナスが口に入るのを防いだのか、理由はわかりません。気づけば熱い涙が頬を伝っておりました。

卓郎「いててて……」

真由美「明日が試合なのに、一緒に練習しないで毎晩何してたのよ!」

大声をあげて泣き崩れた私に夫は優しくこう言いました。

卓郎「えっ、そんなに試合のこと心配してたの。大丈夫、十分練習したから」

真由美「えっ?」

顔を上げると、卓郎が胸を張って立っていました。

ミックスダブルスの試合当日

二人で練習することなくミックスの試合を迎えてしまった私はド緊張。ボールが入る自信はありませんでした。それに対して夫は堂々として自信ありげな様子です。夫が闇連をしていたなら、サポートは万全のはず。私は夫に試合を委ねるつもりでコートに向かいました。

ところが何ということでしょう?????

試合が始まると、私のドライブが決まる決まる。いつもの手打ちと違って、腰の回転で威力のあるボールが入るのです。これはもしや、イスに座ったままシュレッダーしたときの腰の回転のおかげでは???

はっとした私に夫がウインクしました。相手サーブからのレシーブも柔らかいタッチで絶妙なストップが決まります。これはもしや、コーチから封筒を受け取った時の感覚!!! 感動していると、相手がバックサイドにドライブを打ってきました。

真由美「やばい!!!」

とっさに出たバックハンドのレシーブは焼きナスから手を離した時の感覚。ボールをおさなかったので、台の中におさまりました。

思いもよらない私のナイスプレーの連続で、気づけばマッチポイントに。そんなタイミングでふんわりと高いボールが上がってきました。チャンスボールはピンチボール。打つのが怖いと萎縮した瞬間、夫が叫びました。

卓郎「真由美、ビンタして!」

私は昨日の夫へのビンタを思い出して、思いっきりボールの白いほっぺを叩きました。

バチーーーン!!!

最後は私の見事なスマッシュでオーバーに。

真由美「やだ。勝っちゃった……」。

隣を見ると、夫が目を輝かせて拍手をしていました。

卓郎「いつの間にこんなにうまくなったの? 初めてのミックスだからサポートできるようにこっそり闇連してたんだけど、その必要なかったね!」

真由美「ううん。あなたが闇連してくれたおかげで感覚をつかむことができたの」

私は怪文章を夫に手渡しました。

卓郎「これはなに?」

真由美「密告書よ。誰かがあなたの闇連を知らせてくれたの」

卓郎「ええっ(怪文章をまじまじと見て)。これは……闇連じゃなくて、同じ卓球場に通う速水蓮(はやみれん)さんのことじゃない??? 速水真由美さんの旦那さんの……」

真由美「えっ、じゃあ『あなたの夫、速水蓮に夢中だ』が正解ってこと? 速水さんの奥さん宛ての密告書だったのね!」

夫が震えながら指さす方を見ると、一組のダブルスカップルが手をつないで寄り添いながら会場をあとにしました。男性のぜっけんは「速水」、女性のぜっけんまでははっきりと見えませんでしたが「速水」でなかったことは確か。名前は知らない方がよさそうです。

このお話はフィクションです。

卓球の感覚が養える日常の生活動作。教えてくださった皆様ありがとうございました!

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