2024年1月22~28日まで催された全日本卓球選手権大会。最終日に東京体育館で行われた男子シングルス決勝・張本智和 対 戸上隼輔の試合の模様を西村目線でお届けします

こんなにも愛おしい全日本選手権を私は知らない。

勝者も敗者もともに熱い涙を流す。そのひと粒一粒を両手で受け止めたくなったし、震える肩を抱きしめたくなった。

2024年1月22~28日まで、東京体育館で催されたパリ五輪直前の全日本卓球。勝ってアピールしたい何か……勝利の目的が選手たちの胸の内にうごめくなかで、各種目で頂点に立った選手たち。

ジュニア男子の優勝候補に何度もあげられて、4度目の決勝で勝ち切った松島輝空選手、優勝候補を強気のプレーでなぎ倒し、初優勝を飾った小林広夢、伊藤礼博ペア。そして、張本選手にリベンジし、女王の貫禄をあらわにした早田ひな選手。

どの試合も胸に熱く迫るものを見せつけられ、ゲームが終わるたびに「これ以上の試合はない」と判を押したくなったが、最後に卓球史に残る凄まじい試合が待ち構えていた。

男子シングルス決勝、張本智和 対 戸上隼輔。どちらもパリ五輪のシングルス代表には内定しているが、“エースは絶対に譲れない”、そんな強く重いメッセージを両者から受け取る試合展開となった。

まずは戸上からのサービス。1本目は3球目、5球目攻撃を力強いフルスイングで。決勝戦も強気で攻めるという固い意志が感じられた。張本もチャンスがあれば思い切って狙いに行くのだが、その勢いを封じるような戸上の鋭いカウンターが次々と決まる。張本が点を詰めるも11₋8で戸上が1ゲーム目を先取。

次のゲームも戸上は攻撃姿勢を崩さない。先手を取るチキータ。コースをつく強打。リスクによるミスで張本に点数が入る。張本側がおのずと優勢になるが、絶対に守りに入らない戸上。ついに10‐10に追いつくも、最後は10₋12で張本が逃げ切った。

ゲームカウント1₋1で並んだ両者。お互いにロングサービスからのラリーに展開する中盤、戸上がストレートへ全身全霊の強打。「攻めでは絶対に上回る」という強烈なメッセージが、熱を帯びた戸上の背中から感じられた。その勢いのまま11₋9で戸上がゲームを奪い返す。

第4ゲームも戸上の攻めは続いた。フォアからバックへ、オールフォアでラリーをつなぐほど足の動きも良く、張本のボールに調子が合ってきた。しかし、終盤の9₋6で戸上はサービスミスのあとレシーブミス。2失点でタイムアウトをとる。気分を落ち着かせ、再びミスを恐れない「強気の攻撃」で2点を取り返し、11₋8でこのゲームも戸上がものにする。

ゲームカウントは3₋1。このゲームをとれば戸上の勝利となる。勢いに乗る戸上だが、ここで張本がラリー戦に勝つ場面が。張本がここから盛り返すのか? 攻めに対する気迫がそう思わせたが、力んだのかサービスミス。気を取り直してレシーブの巧みさ、ラリー戦の勝利で張本が4連続ポイント。張本はゲームポイントを握ったが、今度は戸上が4連続ポイントで暗雲がたちこめる。ここで張本側もたまりかねてタイムアウト。ロングサービスからのラリー戦を制して張本がこのゲームをとる。

あと1ゲーム追いつけばゲームオール。ここをとりたい張本。覚悟が芽生えたのか、張本にさらなる強気の姿勢が宿った。表情に憂いはない。サービスの回転量で相手のミスを誘い、ラリー戦でも粘る打ち合い。ところが、戸上も張本が放つミドルのロングサービスを一撃ドライブでしとめるなど、気合十分。改めて「攻める側は自分」という意志表示をしてみせた。

ここから両者の譲らない一本一本の攻防が始まる。9オールでは張本の飛びつきカウンターが決まり、10‐9では戸上がバックで攻め切る。ここで戸上、1回目のマッチポイントを迎え、思い切ってうち抜くが、ボールはネットに沈む。この1本が運命の分かれ道となった。ジュースになり、ここで張本が戸上の逆をつくチキータを一発。ノータッチで唖然とする戸上。その後のラリーも張本がフォアハンドで制し、張本は自分に流れが来たことを全開のハリバウワーで表現してみせた。最後は12₋14。ゲームは激闘のオールにもつれこむ。

運命のファイナルゲームは張本のエッジボールから始まった。運を味方につけたと思われたが、戸上がここで改めて全力スイングの一本。自分に流れを戻した。ところが、次にきた戸上の渾身の一本を張本が冷静にブロック。流れを渡してなるものか。そんな張本の気合が感じられた。それでも戸上は攻めの姿勢をあきらめない。会場からは二人の一本一本に拍手と歓声が起こる。観ている方も勝負の行方が読めない。観客全員が観戦集中の極みに入った。

張本が先に5点をとり、チェンジエンドに。後半戦は両選手への声援が激しさを増した。張本がバックハンドを決めれば、戸上がチキータを決める。どちらも力強いプレーで一進一退。戸上が先に10₋8でマッチポイントを握ったが、ここからは張本のサービス2本で10₋10のオールに。ところが、この大事な場面で戸上のボールがエッジとなった。まさかのアンラッキーに張本も笑う。張本は得意のバック対バックで危機を脱したが、張本が3球目攻撃を決めると、戸上も3球目を決める。互いに引く様子がない。13₋13、戸上を追いかけ続けた張本がここではじめてのマッチポイント13‐14。けれど戸上も譲らない。お互いの意地がぶつかり合うクライマックスとなったが、張本はポイントを決めると、観客席に向かって指をさすパフォーマンスも。このサービスでファンの声援とパワーを我がものにしたのか。最後は張本がフルスイングで打ち抜き、14-16で張本の優勝が決まった。

うなだれて立ち尽くす戸上と地面にへたり込む張本。どちらも呆然とした表情。信じられない。とても信じられない。現実はただひとつ。勝ったか負けたか。張本は勝利に気づいた。6年ぶりにつかんだ頂きの勝利に。戸上と熱い抱擁をかわしたあと、コーチに抱き上げられながら、拳を高々と突き上げる。観客の声援は「おめでとう」だけではない。「ありがとう」。素晴らしい試合を見せてくれて「ありがとう」。そして、14歳から今日まで明日を信じてくれて「ありがとう」。

試合後、張本は素朴に語った。「言葉が出ない。いつもは自分インタビュー完璧なんですけど。誰に感謝していいかわからない。会場にいる人すべて、相手を含めて全員に感謝したい」と。

若干20歳。この短い人生の中でどれほど濃密な時間を卓球と共に歩んできたのか。明暗を知り尽した若者ほど頼れるものはいない。日本代表のエースは間違いなく、君だ。

※写真協力:卓球王国