「練習が全然できてないの~」と言いながら、明らかにレベルアップしている闇連専門のレディースたち。そう、彼女たちのバックには個人レッスンが得意なコーチがついているのです。予約待ちしてでも教わりたいスゴ腕コーチとは? その人気の秘密に迫ります。

引退後におしゃれに目覚めた美魔女コーチ

8歳のある日、中国の少女が自分の名前を変えました。新しい名前は夢軍(ゆめぐん)。軍は中国語で「チャンピオン」の意味。中国の山東省で6歳から卓球を始めると、すぐさま頭角を現した彼女は、周りから期待されて名前を変えることにしたのです。

「夢はチャンピオン」

その名前に込められた目標を達成するために幼い頃は卓球に励んだ夢軍さん。ところが、見聞を広げるために16歳で来日すると、インターハイ(シングルス)2位、インカレ(シングルス)2位、そして引退をかけて28歳で挑んだ東京選手権でも2位という成績で現役生活を終えました。いつもあと一歩のところで優勝を逃してきた夢軍さんは……、

「私の名前は『“夢の中”でチャンピオン』という意味だったんですね(笑)」と、笑顔でけろりと語ります。

現役時代は常に勝負のプレッシャーと戦い、特に12~15歳までは中国のナショナルチームで熾烈な、いや残酷な競争を繰り広げてきたと言いますが、42歳の今の夢軍さんはその片鱗も見せないほど、軽やかで華やか。ピンク色のパーカーが良く似合うおしゃれな女性になっていました。

引退してから14年の間にどんな心境の変化があったのかと尋ねると、

「引退してから、レディースの生徒さんに指導を始めると、自分が知らなかった卓球の楽しい一面に気づきました。レディースの試合では、みなさん可愛い花や蝶のウエアにスコート姿。前髪をとめているピンもキラキラしているし、爪にはネイルも塗ってあって素敵だなと。私も次第にマネするようになり、おしゃれに目覚めたのです」。

現役時代はショートカットにノーメイク。おしゃれとは無縁な夢軍さんでしたが、生徒の影響でお化粧して卓球をするようになると、自分がひとりの女性であることを思い出します。

「現役時代は眉毛がありませんでした。薄眉のままでも全然気にならなかった。いまはしっかり描いてますけど(笑)」。

「美しくありたい」という思いは女性なら誰しもが抱くもの。そんな当たり前のことに気づいた夢軍さんは、卓球を通して生徒の美容と健康を向上させることが自分の使命だと悟ります。コーチを初めて1年後のことでした。

朱夢軍卓球サロンレディース

レディースへの指導は“美しく”をモットーに

コーチ業を始めた当初は体育館や生徒さんの家を借りてレッスンをおこなっていた夢軍さん。現在は名古屋にある「朱夢軍卓球サロン」で50~80歳のレディース20名にレッスンをおこなっています。女性に対する指導のテーマは、ずばり「美しさ」。レディースとの触れ合いの中で生まれた指導方針です。

「女性の方を指導する時、生徒さんの緊張を感じます。その時に『かわいくね、美しくね』と優しく声をかけると、生徒さんの緊張がほどけて自然とボールも入るようになるんです」。

実際、夢軍さんのレッスン風景を見ると、その通り。シニア女性に一球ごとに声をかけ、「すごい♡」「80歳に見えない♡」「ナイス♡」と褒めまくり。そして、女性が前傾姿勢になり過ぎると、「猫背は80歳に見えるよ!」「胸をはって美しくね!」と注意。年齢と美しさのことを言われると、いくつになっても反応するのが女性というもの。夢軍さんの美をテーマにした指導法は理に適っている様子でした。

「教えるからには、自分が見本を示さないと。自分の姿勢も常に意識していますし、ご飯の量も減らしています(笑)」と夢軍さん。

そして、そんな美に対する努力は卓球とは違う形で結実。なんと、夢軍さんは日本で開催された2022年のビューティーアワード「ワールドミセスチャイナコンテスト」に出場し、愛知県の代表に選ばれたのです。卓球とはまったく異なるテクニックが要求される美女コンテスト。短期間でウォーキングとポージングを学び、ドレスを着てメイクアップして舞台へ。そこには、眉なし、まろ顔とは別人の夢軍さんが立っていました。

「本番まで朝晩のパックを欠かしませんでした。慣れないピッチも頑張ったけど、趣味の卓球をアピールする場面があって、それが評価につながったんだと思います」。

美しさと卓球を武器に県代表まで勝ち上がった夢軍さん。そして嬉しいニュースは続き、その翌年に開催された2023年全日本マスターズ、フォーティの部では本業の卓球で見事に優勝。元オリンピアンの鎌田選手を決勝で破っての快挙を成し遂げました。

「決勝だなんて、自分ひとりだったら『負けても仕方ない』とあきらめていたかもしれない。だけど、多くの人が見守って、力を貸してくれているから負けられなかった。最後まで頑張れたのは、私に卓球の楽しさを教えてくれたレディースの生徒さんたちのおかげです」。

決勝で夢軍さんが着たウエアには、大輪のバラが咲き誇っていました。まるで、この時をまっていたかのように、美しく鮮やかに。夢軍さんは、その名の通り、チャンピオンの夢を叶えたのでした。

↑生徒が疲れたと感じたら、レッスンを止めて、中国茶をふるまうことも。
朱夢軍

1982年中国山東省生まれ。6歳から卓球を始め、12歳で中国のナショナルチームへ。その後、来日して中京商業高校に入学。愛知工業大学、十六銀行を経て、現在は名古屋で「朱夢軍卓球サロン」を運営。2023年全日本卓球選手権大会(マスターズの部)フォーティで優勝を果たす。