ハンドソウ一本の男に、俺はなる
インタビュー
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WEBメディア「卓球レディース」に取材されたいかどうかはさておき、大会の副賞、イベントの粗品、お詫びの品などの名目で、ある日突然、卓人のもとに届く“取材券”。この権利を行使するかしないかは本人次第。勇気を出してこの券を使ってくれた002人目・井上さんの記事をここに掲載する。
昨年の10月26日にまたしても「ハンドソウ世界大会・川又杯」が開催された。言わずもがな、卓球マニアの中でも、さらに煮凝りの領域におられる卓人たちの祭典だ。
2018年から始まった同大会は2025年の大会で8回を記録。第7回の大会から卓球レディースは取材券を発行し、優勝者を取材することにした。この愛し愛されるべきハンドソウマニアの大会を盛り上げるために一役買って出たのだ。
そして今年の優勝者は……昨年と同じ、竹村さん。事務局のはからいで、今大会は準優勝者を取材することになった。しかーし、ここからが長かった。準優勝者の井上さんとはその後、半年以上の時を経て取材が叶った。仕事の忙しさを理由に取材券の有効期間である1年を思う存分使ってくれたのだ。早く話を聞きたい私は、その好奇心と期待感を大いにあおられた。つまり、「ハンドソウ世界大会を盛り上げる」なんていう志は自分勝手な大義名分であり、単に私がハンドソウマニアの話を聞きたかっただけなのだ。
そして、紅葉が散り、雪が解け、深緑が芽生えた頃、半年の熟成期間を経て取材が実現した井上さんのエピソードは、やはり裏切らないおもしろさだった。卓人のひとりとして、むっちゃおもしろかった。このおもしろさが伝わるかどうかは私の腕次第だが、いざ綴ってみよう。
卓球人生の転機はある日突然やってくる。例えば最近、世界ランキングでトップ10入りを果たしたサビーネ・ヴィンター。33歳のベテラン卓球選手だ。バック面にアンチラバーを貼ったことが功を奏し、朱雨玲や王芸迪を倒せる実力を世界に知らしめた。このセンセーショナルなニュースをきっかけに、私もこっそりとラバーを裏から表にかえたのだが、「誰が興味あんねん」という話しだろう。世界が注目するのは世界大会で活躍するトップ選手だけ。ならば、ハンドソウの世界大会で活躍するトップ選手の話はいかがだろうか?
第8回の準優勝者である井上さん(32)も、用具変更により卓球人生が変わった卓人のひとりだ。小学校から大学院までシェーク裏裏の正統派を貫き、高校時代は地元である岐阜の県大会で名を馳せた。引退後はペンやカットなど、いろいろな用具や戦型に挑戦。その流れでハンドソウにも手を出すことに。もちろん、ペンやハンドソウは井上さんにとってお遊びの用具にすぎない。いつでも本命のシェーク裏裏に戻れる道があったのだが、ある男との出会いにより状況が一変する。
その男とはハンドソウ世界大会の主催者である大友さんだ。井上さんが2019年に開催された第二回大会に出場すると、大友さんはすぐに声をかけた。「シェーク裏裏で歴史に名を残すのは難しい。今からその道で全日本チャンピオンにはなれないだろう。だが、ハンドソウであればちょっとした大会で優勝するどころか、大会に出てそこで取る1点1点に、ハンドソウの文化が積み重なるという意義が生まれるんだ。俺は君より強くはないが、今こうして色々な人と楽しく過ごしているのはハンドソウに転向して名前が覚えてもらえたからだ。どうせ賭けるのであれば、ハンドソウに賭けたほうが井上君の人生が豊かになると俺は思う」と、くどくどとハンドソウを布教した。その時は上位ランクに入るほどハンドソウを使いこなせなかった井上さんだが、その素質を大友氏は見抜いて声をかけたのだろう。その熱い言葉に井上さんの心は少しハンドソウよりに傾いた。
そして、大会が終わった後の飲み会に参加すると、ハンドソウマニアたちによるハンドソウ談議が繰り広げられた。まだ用具の実績者がいないため、打ち方も自分たちで開拓できる。「このボールにはこういう打ち方があっているのでは?」そんな話を聞くだけでおもしろく、井上さんのお酒は進んだ。そして宴もたけなわになった頃、大友さんは井上さんを指してこう言った「井上、お前はハンドソウ一本の男だ」と。その大きな声に周りがオッと息をのむなか、井上さんはお酒の勢いでこう答えた。
「やります」。
ハンドソウを「やります」とみんなの前で誓ったからには後に引けない。井上さんはそこからハンドソウと真剣に向き合うことに。ハンドソウはフォアのフィーリングが良いラケットだった。ドライブもフリックも威力とスピードが増した。練習での感覚はつかめていったが、試合に出ると多様なボールに対応できない。成績も落ち、団体戦に誘われても返事に困ることが多くなっていった。「ハンドソウ、続けられるかな……」。不安が頭をよぎるたびに、大友さんの言葉を思い出した。「ハンドソウで大会に出ることに意義がある」。その言葉を支えに、井上さんはハンドソウ一本を貫き、2年後の2021年、第4回ハンドソウ世界大会では準優勝に輝いた。
「うれしかったですね。10年以上使っていたシェークの打ち方を忘れるくらい、ハンドソウで頑張ってきたので」。
表彰式で「準優勝! 井上さん」と呼ばれると、周りは大いに沸いた。みんな我が事のように喜んでくれた。井上さんはハンドソウと向き合うなかで、同士ともいえる最高のハンドソウ仲間を作ることができたのだ。
ところが、翌年からその喜びの声はピタリとなくなった。同じく表彰式で「準優勝! 井上さん」と呼ばれると、周りから大爆笑が起こった。なんと、井上さんは5年連続決勝戦敗退。準優勝にとどまり続けることになるのだ。あちこちから吹き出す「またか~」という失笑。井上さんは最高のハンドソウ仲間にいじられるキャラとなった。
「みんな私のことを応援してくれているので、来年こそは優勝したいです」。

現在、井上さんのハンドソウには両面に裏ラバーが貼られている。フォアはVEGAのアジア、バックはヤサカのエクステンドだ。
「私は安くて長く使えるコスパの良いラバーを使う主義です」と胸を張る井上さん。じつは節約家だと言う。あれれ、そうだったのですね。私の勝手な想像で申し訳ない。ハンドソウを使う人は、ラバーもマニアックだと思い込んでいた。そう言えばヴィンター選手も5枚合板。ひとつの用具ですべての用具がマニアックだと判断してはいけないことがわかった。
私が「ハンドソウもコスパの良いものを使っているのですか?」と尋ねると、
「ハンドソウは大友さんが作ったものを2本、ニッタクの特注を1本、計3本をその時に応じて使っています」とのこと。
続けて「ハンドソウを何本持っているのですか?」と尋ねると
「全部で11本持っています。マニア心がくすぐられて、新しい物がでるとそろえたくなるんです」と井上さん。
ARERE!YAPPARIMANIAYA( ゚Д゚)
グリップもカラー展開があればすべてそろえるという。「そこは節約しないのですか」と尋ねると、「しません。ラケットは一生もの。部屋に飾ることもできますしね」ときっぱり。井上さんはハンドソウにはお金を惜しまない節約家。つまり、本物のハンドソウマニアだった。
そして現在、お部屋にはコレクションラケットとハンドソウ世界大会で進呈された準優勝の賞品であるシャツが飾られている。背中に“2位”とプリントされたTシャツウエア。これがたまることなく、来年からは優勝賞品が飾られることを期待したい。


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