こちらは『卓球レディース』編集長の西村が、NOルールで綴る馬鹿馬鹿しい卓球日記です。今回は、私が卓球を再び始めたきっかけについて、後編です!

高校時代卓球部。それからうん十年ぶりに卓球を再開しました。初めの一歩は近所の卓球場の前まで行って外に置いてあるチラシをもらいスタコラと帰るだけ。卓球場の扉を開ける勇気がわかなかったんですよ。未就学児にも見下される消極性。これではいかんと思って、今度は練習会の時間に合わせて卓球場へ行ってみました。チラシでフリー練習会が開かれれていることを知ったからです。

今度は思い切ってドアを開けると、目の前に卓球のウエアを着たダブル浅野世代の女性が2人おりました。温子とゆう子は休憩中で談笑中。私は卓球場のことを尋ねたくてタイミングを伺いましたが、話を挟むスキがなくて玄関でしばらく棒立ち。1分後に人見知り病を発症し靴を脱ぐこともなく逃げるように去りました。

永遠を感じさせる長い長~い60秒。このひと段落は私の人生の縮図です。子供の頃、親戚の子たちの輪に入れずモジモジしていたら「引っ込み思案では一生損をする!」と母親に鬼の形相で怒られたことがあります。いやホンマ、お母ちゃん、私は大損こくタイプでっせ。

3回目の訪問。いい年をして「卓球場に入れない」なんて情けないことは言ってられません。私は「絶対に卓球をする」と顔にハンコを押して卓球場の扉を開け、上陸することに成功しました。これは人類にとっては小さな一歩ですが、私にとっては大きな飛躍です。そして、システムがわからないまま、卓球台の置いてあるフロアへ。台は全部で6台。10人くらいの方が卓球をしていらっしゃいましたが、誰も声をかけてくれる気配はありません。

お~い、私は透明人間ですか???

みなさんJTTA公認の卓球ウエアを着て練習されていましたが、私はパジャマのような格好(というよりパジャマ)でスリッパのような室内履き。手にするラケットは高校時代、お遊びで買った中ペン。ラバーは中国メーカーの表。「合コンに行ったら自分だけジーパンだった」。それと同じくらい目立つ格好だったと思うのですが、同じ空間におられる方の視界には入らない。目の前の一球にかける卓球人の集中力、さすがですね(拍手)。

私はアウェイ感丸出しで立っておりましたところ「初めての方ですか?」と店長に声をかけていただき、ようやく皆さんの輪に混ぜてもらえることになりました。3回目の訪問でようやく念願の卓球ができる。私は自分の殻を打ち破ることができた達成感で意気揚々とラリーを始めました。ところが……

ブンッブンッ、全然当たらねー⤵

うん十年ぶりの卓球は、ラケットにボールすら当たりません。相手の方に迷惑をかけまくり。「ごめんなさい、すみません」と謝りまくって、ようやくボールがラケットにポコーンポコーンと当たりだしたところで、お相手の目が光りました。

「ポコーンポコーンって、そのラケット何ですか???」

お相手は私と同い年くらいの中年男性。ラケットの音を不審に思った彼はラケット交換を求めてきました。そして……

「おおおー、これは3枚合板の中ペンではないですか!!! ラバーも懐かしい」。彼の嬉々とした声につられて、周りで練習されていた中年男性が群がってきました。そして皆さん口々に「オークションで高く売れますよ!」とか「このラバー、今は買えないんですよ」とか、少年のように目をキラキラと輝かせて騒いでくださいました。こんなに人気者になれたのは小学校にキン消しを持って行って以来のことです。

この一瞬の騒ぎのおかげで、私は希少な「三枚合板の中ペン女」として周りに認知され、卓球場のコミュニティに溶け込むことができました。仲間ができて調子に乗った私は、ラケットとラバー、そしてシューズを新調。ラバーは周りの方の勧めでButterflyのロゼナに。すると卓球場の主ポジションのおっちゃんから「道具だけ一人前」というあだ名を授かってしまいました。「お~い『道具だけ一人前』、一緒に練習しよう~」「お~い『道具だけ一人前』、集中しろよ~」「お~い『道具だけ一人前』おまえはホンマに道具だけの女やな~」。たまりかねた店長が「変なあだ名つけるのやめてあげてください!」と一喝。「道具だけ一人前」の騒ぎは打ち上げ花火のように開花後すぐに消えてなくなりました。

あれから4年。自分にもダブル浅野のように抱きしめたい卓球仲間ができて楽しい毎日を過ごしています。大人になってからスポーツを通じて友達ができるなんて嬉しいことですよね。あの時、思い切って卓球場の扉を開けたから今の自分がある。いやホンマ、お母ちゃん、私は最後に得するタイプでっせ。