こちらは『卓球レディース』編集長の西村が、NOルールで綴る馬鹿馬鹿しい卓球日記です。今回は、私が卓球を再び始めたきっかけについて前後編で語らせてください!

「卓球レディース」の運営を始めてから、いろんな場所で元卓球部の方に声をかけてもらうようになりました。名刺交換をすると「卓球のお仕事をされているんですか? 実は私、元卓球女子なんですよ~」とか、WEBを見た方から「『卓球メンズ』は作らないんですか? 実は僕、中学時代卓球部。区大会で優勝したこともあるんですよ~」とか。

40人ほどが集まる場所でプレゼンをすると、2人ほどの確率で「元卓球部です」と寄ってきてくださるので、私の肌感覚では街を歩く20人に1人が元卓球部。先日、電車を待つ間、プラットホームにいる人を数えて元卓球部の人数を無意識に割り出そうとしている自分に気づき怖くなりました。

私は元卓球部の人に出会うと「今度、一緒に卓球しましょうよ!」と必ず声をかけるのですが、ほとんどの方はお茶を濁されます。そして逃げ口上が「場所がなかなかないからね~」です。

そんなハズねーだろ????? 

だって全国に700ヵ所以上、民営の卓球場はあるんですよ(西村調べ)。

「私が連れていきますから、やりましょうよ!」と誘っても、

元卓球部「いや~もうラケット持ってないから~」

西村「貸しラケットがありますから」

元卓球部「いや~自分のラケットじゃないと入らないからね~」

と松島輝空選手並みのブロック力で断られます。

私はいまだに元卓球部の方との卓球が実現しておりません。みなさん、面倒くさいのでしょうか、負けず嫌いなのでしょうか、それとも卓球部の過去を葬り去るおつもりなのでしょうか???

自分はどうだったかと思い返してみると、私もRe卓球には抵抗感がありましたね。高校時代卓球部、それからウン十年ぶりに卓球を再開するのに3年という月日が必要でした。引っ越し先のマンションから徒歩10分ほどの場所にある卓球場。存在を知りながら看板を見上げて素通りすること2年。その間はフルタイムで仕事をしながら子育て&親の介護のダブルケアで忙殺されていました。仕事をパートに切り替え、親の介護がひと段落ついたあたりから、その卓球場の看板が気になり始めました。

ある日、車で夫と買い出しに行った帰り、卓球場の前を通り過ぎた瞬間、私は夫に「停まって!」と言いました。夫は急ブレーキを踏みました。「前から気になってたから、ちょっと見てくる」と言って車を降り、卓球場の前まで行きましたが扉を開ける勇気がわきませんでした。

何十年も背を向けていた卓球です。例えを飛躍すると、何十年も連絡をとっていなかった元カノ宅に来てしまった気分。ドアを開けた瞬間、タバコをふかした元カノに「今まで音信不通だったのに、何よいまさら!」とハイヒールを投げつけられるんじゃないか。バブル期の月9ドラマよろしくの光景が頭をよぎりました。私は存在しない浅野ゆう子に恐れ、外に置いてあったチラシだけもらって帰りました。これが卓球再開最初の一歩です。

つづく