こちらは『卓球レディース』編集長の西村が、NOルールで綴る馬鹿馬鹿しい卓球日記です。今回は先輩にラケットを選んでもらった思い出話。みなさんも学生時代、こんな経験はありませんか?

「先輩、なんでシェークを選んでくれなかったんですか???」30年前のあの日あの時、日本式ペンホルダーではなく、シェークを選んでくれていたら、戦型に迷いが生じることはなかったのに。両ハンド全盛の現代で、バック総攻撃されることはなかったのに。中年の脚にムチを打ち、オールフォアで回り込む練習を続けることはなかったのに。「用具が昭和」という変なあだ名で覚えられることはなかったのに……。

あれは畦道に紫陽花が彩りよく並ぶ初夏。高校の卓球部に入って一ヵ月がたつ頃、キャプテンがラケットを選んでくれるというので、バス&徒歩で1時間以上かかるコンクリートジャングルの都会へと繰り出しました。高校から卓球を始める同じ1年生男子2人と駅で待ち合わせ、3人で地図を見ながら卓球ショップへ。到着すると、店の前に先輩が立っていました。「遅かったな!!」私たちはビクッとしました。キャプテンのイラついた声にではなく、その人数にです。2年生の先輩7人が勢ぞろい。後輩のラケットを選ぶのにこの人数は必要でしょうか。しかも、我々は待ち合わせ時間の10分前に到着した優等生なのに、文句ありげに待ち構えているなんて……。早くも大仕事な予感がしましたが、先輩たちも買い物があってのことだろうと自分を落ち着かせました。

卓球ショップは2坪ほどの狭小な店構え。我が卓球部10人が入ると、ほかの客が入るスペースはありません。こりゃさっさと買って帰らないとお店の迷惑になる。私は即決の姿勢でおりましたが、先輩方は空気を読むことなく、ガラスケースに入ったラケットを次から次へと出して広げ始めました。「こいつのラケットはこれがいいかな~」先輩方はひやかしではなく購入客であることをほのめかすセリフを織り交ぜ、お店のおばちゃんの怪訝な視線を回避。そのうち、おばちゃんも「コレいいよ」とのってきて物色の免罪符を発行。なんなんでしょうね。お金を払うのは自分たちなのに蚊帳の外気分でやりとりを傍観しておりました。

狭い空間に二酸化炭素が充満するなか、先輩たちのやりとりは、細くて深い所に落ちていきました。「女でカットマン珍しいから、こいつシェークの裏イボにしたら」「それより反転やろ。反転の裏イボにしたら」「それより裏アンチにしたら」。飛び交うワードは初心者には理解不能でしたが、雰囲気で弄ばれていることがわかりました。言うなれば地獄。幼いころ絵本で見た地獄の雰囲気です。「こいつは釜茹でがいいんじゃねーか」「いや、針の山が先だ」「いやいや血の池に放り込んでやろうヘッヘッヘ」先輩が後輩のラケットを選ぶ行為は、餓鬼が罪業のない者の罰を選ぶのと≒です。先輩方は脂ぎった手で新品のラケットをベタベタと触りながら大盛り上がり。我々新入部員は裁きを待つあいだ恐怖心で直立不動。こんな状況が2時間ほど続くと、さすがにラケットなんてどーでもよくなります。「なんでもいいから早く決めてほしい」。窓の外を見ると、日が落ちて空が血の池地獄のように赤く染まっていました。

しばらくして、私は反転の裏イボということで先輩方の意見がまとまりました。やっと解放される。同級生男子の用具も決定。隣に立つ二人から「ほっ」というため息、なんてもんじゃない、腹の底からこみ上げるゲップのような息が上がりましたが聞こえないフリをしてあげました。

「これで決まりやね」おばちゃんは確認の返事を待つことなく、袖をまくってラバーを貼る準備を始めます。その時、店の扉があき、高校のOBが入ってきました。「遅れて悪い!」えっ、なになに。何しに来たの??? 社長よりも経営に口を出す会長よろしく、キャプテンよりも卓球部をしきるOBの登場。嫌な予感しかしません。OBはキャプテンに我々の用具をヒアリングするなり、大きな声で先輩方を叱咤しました。「安直なラケット選びをするな!!!」餓鬼たちは閻魔様に怒られて口を閉ざしました。シーーーン。沈黙のなか、OBはおもむろに用具の蘊蓄を語り始めました。それは、我々の用具選びが振り出しに戻ったことを意味します。

「高校から始める子はレシーブができないから~云々。両面なんて扱える前に引退が来るから~云々。そこまで真剣に続くと思えないから~云々」OBは、私が反転やシェークを使いこなすのは不可能という話を全方位から丁寧にひも解いて説明してくださいました。ようするに悪口です。結局、私の用具は日本式ペンホルダーの片面表にジャストミートしました。ちなみに、ほかの二人は中ペン表とシェーク裏表です。3人とも共通するラバーはスペクトル。「これさえ貼ればレシーブは簡単」というOB太鼓判のチョイスは「それこそ安直!」と使用3ヵ月後にツッコミを入れたくなりましたが……。

おばちゃんは熟練の手つきで3人分のラバーをあっという間に張り上げました。その疾走感は「はよ帰れ」と煽っているようでした。念願のラケットを手に入れたのに、なんだか全然嬉しくない。新品なのに先輩の手垢まみれが気に入らないのか、先輩の好き放題でラケットが決まったことが嫌なのか、それとも30年後、シェークが良かったなんて恨み節が出ることを予知していたのか。。。 

商品を受け取ると、ASAP外に出ました。帰るタイミングを逃したくなかったからです。見上げると、空の色は血の池から暗闇地獄に変わっていました。「2、3時間で帰ると言って街に出たから、お母さん心配しているだろうな。。。(独白)」振り向くと、みんな私に続いて外に出てきました。結局、先輩方はお店に一円も落とすことなく三々五々帰っていきました。