こちらは『卓球レディース』編集長の西村が、NOルールで綴る馬鹿馬鹿しい卓球日記です。今回は自分の半径10キロ以内の高校卓球界でよく耳にした「へこ」というスラングにまつわる思い出話です。

高校の卓球部に入って最初に覚えた言葉。それは「へこ」。関西に産み落とされ、16年以上その地で暮らし、耳にするご縁がなかったワード。しかしながら卓球生活をスタートさせると同時に、海馬にタコができるほど耳にしたスラング。どの地方の方言かもわからないまま引退までの時を過ごし、高校卒業と同時に一切耳にしなくなった俗語。

「へこ」。私はこの言葉の意味を知るまで、先輩たちの会話がまったく理解できませんでした。「かわいい♡」という言葉ですべての会話を成立させるJKのように、先輩たちは「へこ」という単語で通じ合っていました。その話っぷりが何だかとってもイキッていたので、私は意味を聞かずスルーしておりました。

「へこ」と言わない、言わせない、淑女同盟

初めて公式戦に出場した時のことです。試合会場の2階の観客席へ行くと、高校の各チームが空いている席に荷物を置いて自分たちのサンクチュアリを築いておりました。私たちも陣取れる場所を探して3密の中をうろうろ。試合前の喧騒を右から左へ受け流しつつも、私の鼓膜は自動的に膨大な量のHECOをキャッチし、その身を震わせておりました。皆さん対戦表を見ながら「この人へこ?」「この間、試合見たけど、ちょっとへこい」と確認し合っているのです。ここまでくると、鈍感な私でも「へこ」の意味はうっすらわかります。ようは「へたくそ」って意味でしょう? 同級生のNちゃんが、キャプテンに答え合わせをしに行くと、意訳は的中しておりました。

愕然。これから初めての試合なのに、得体のしれないプレッシャーがのしかかります。私は中学時代、バスケット部。チームプレーが主体なので、個人を侮蔑する言葉に出会ったことはありませんでした。これはシングルスという種目が存在する競技のあるあるなんでしょうか? 私は初出場なので、まだ皆の頭の中にデータが存在しません。ホッとしたって時間の問題、数十分後、試合でふんわりナックルサーブしか出せない醜態をさらせば、「へこ」の中の「へこ」として、ここにいる皆さんの脳にインデックスされてしまう。その処理スピードはCPUの比ではありません。

私は「へこ」と呼ばれる前に、この悪しき慣習を断つ作戦にでました。同級生二人をつかまえて「私はへこという言葉を使わない」と宣言。そもそも、人を「へこ」か否かのふるいにかけるのは間違っていると。スポーツマンとしてあるまじき言動であると。胸を張って語り上げました。同級生のNちゃんも、Kさんも、私の意見は正しい、立派であると賛同。3人合意のうえ、「へこ」と言わザル聞かザル同盟が結成されました。

なのに……、ちょっとー、誰ですか? 最初にこの誓いを破ったのは??? 気が付けば私たち3人は、「へこ」という言葉を日常的に使っておりました。自分に対しても、他人に対しても。ミスの能動or受動に、とりあえず「へっこー」と言っておけば場がウケる。「なんでやねん」よりも使えるツッコミ。次の公式戦では、我々も試合会場で対戦表を見ながら、相手が「へこ」か否かの確認をしておりました。でも、そこでハタと気づいたんですね。我々の会話は「へこくない」という否定形がほとんど。ようは、自分たちより強い人が多いので「相手へこいで~」とイキッて言える機会がないのです。シンプルに「うまい」と言えば会話がスムーズ。当たり前のことに気づいた3人は、「へこ」という言葉を使わなくなくなりました。おしまい。……では、ありませんよ!!! ガラスの10代のプライドをなめてもらっちゃ困ります。そこから、我々は練習に明け暮れました。「へこって言われたくない。へこってイキッて言いたい」。ただその一心で。次の公式戦では「へこくない」なんて、まわりくどい言い方はしたくない。正々堂々と、正面切って、上から目線で、滑舌良く「へこい」って言える自分に成長したい!!!

あれから30年、趣味で卓球を再開させた私。誰かに「へこい」って言われたら、その直球を受け止められる自信はありません。「練習時間や環境は人それぞれなんだから、楽しく卓球させてよ」って、暗い部屋に閉じこもって卑屈になると思います。でも10代のギラギラ期、部活という平等な練習時間が与えられたなかで、勝ちたい、うまくなりたいという気持ちに火をつけてくれたもの。それは「へこ」というチャカし具合が絶妙な塩梅のスラングに違いありません。「へこ」という言葉に育ててもらって感謝です。