こちらは『卓球レディース』編集長の西村が、NOルールで綴る馬鹿馬鹿しい卓球日記です。今回は東京オリンピックの新種目・混合ダブルスで金メダルを獲得した水谷・伊藤ペアの躍進劇について書かせていただきました(後編)。ここから先も頑張れニッポン!

生まれた時からテレビ録画の恩恵を受けている世代に語り継ぎたい。“テレビ放送が録画できる”ことがいかに画期的だったかを。70年代半ばに起こったベータvsVHSのビデオ戦争。当時、我が家にはビデオデッキがなく戦禍を被ることはありませんでした。80年代に入っても中立を貫き、VHSが勝利を収める80年代後半、ようやく我が家にビデオデッキがやってきたのです。それによって生活様式が一変。録画に頼る以前はテレビ番組の放送時間で一日のスケジュールが決まっていたのに、放送時間が近づいても慌てて帰る必要がない。塾帰りに友達と駄弁っても「今日は『みなさんのおかげです』があるからバイバーイ」なんて連れない去り方をしなくて済むようになりました。私にとって平成の幕開けはビデオデッキとともにある。過言ではありません。

それから30年。令和の世ですが、今夜は録画なんかに頼りたくない。「今日は『オリンピックの混合ダブルス決勝』があるからバーバーイ」と、ヨン様からお誘いを受けたって連れなく去ります(ヨン様 ×ペ・ヨンジュン→〇チョン・ヨンシク)。だって生放送で観たいから。21時までに家のことをすべて済ませ、テレビの前で正座。日本代表の水谷・伊藤ペアと中国代表、許昕・劉詩雯ペアの頂上決戦です。両チーム、メーカーの気合が入ったオフィシャルウエアで登場。日本は輝く光をイメージしたグラフィックシャツ、中国は蛍光色で目立たせた、いつもの昇龍柄のシャツでした。会場は無観客なんだけど私だけ有観客気分。日本中の人がこの一戦に注目している。目に見えない一体感を光栄に思いながら試合の始まりを待ちました。いつになくワクワクするのは、準々決勝のドイツ戦での大逆転劇が脳裏に焼き付いているから。許昕・劉詩雯ペアとは過去4度の対戦で未勝利ですが、ここはオリンピックの舞台。今宵も奇跡が起こるはずです。

ところが試合が始まってみると、やはり相手は強かった。中国組はラリー戦になっても相変わらずの安定感。3球目のコンビネーションも抜群。自粛ムードの中でも、惑うことなく粛々と練習を重ねてきたのでしょうね。輝く五星を目指して昇る二匹の紫龍は威風堂々。練習に裏付けされた自信がみなぎっていました。次々と決まる許昕選手のチキータを見ていると、赤色で統一されたフロアマットやフェンスは中国の国旗色に思えてきて「ここは本当に東京? ホーム会場?」と錯覚を起こしそうになりました。

5-11、7-11と先に2ゲームを先取した中国サイドは落ち着き払い、勝利へ向かって一歩一歩丁寧に歩もうとする姿勢が見受けられました。それはまるで準々決勝で日本が対戦したドイツペアのよう。フルゲームの最終第7ゲーム、2-9でリードしたドイツがあと2本。ゆっくりと慎重にとっていこうとした雰囲気に似ていました。ドイツ戦ではこの後、勝利を見据えたフランツィスカ・ソルヤ組に喝を入れるようなスマッシュを水谷が浴びせるのですが……。3ゲーム目「もしかして」は「やっぱり」の展開に変わりました。水谷選手の強気の3球目攻撃で幕開けしたからです。その後もミスを恐れず積極的に3球目攻撃をしかけていく水谷選手。ドイツ戦のような逆転劇がここから始まるのではと期待せずにはいられませんでした。そ・し・て、おばちゃんの期待に応えてくれてありがとう。11-8で日本が1ゲームとり返しました。

ゲームカウント2-1、続く第4ゲーム。劉選手の顔つきが変わりました。攻撃的なフォアとバックで2連続得点。馬琳コーチも両手を叩いて喜んでいました。そのあとの許昕の横入れもさすが。馬琳コーチも「それな」と指をさして喜んでいました。日本が1ゲームとり返したことで明らかに中国組のギアが上がったのです。ところが、水谷・伊藤組は余裕をもって攻撃を続け10-9の接戦に。ラストのラリー戦は目を疑いました。水谷選手のバックからフォアへの移動距離が半端じゃなかった。車のワイパーのようにグイーンと半円を描いての移動。オールフォア世代の底力を見せてもらいました。このゲームは11-9で日本がとり、ゲームカウント2-2の同点。逆転劇は現実味を帯びてきました。

第5ゲームからは劉詩雯選手の顔つきがさらに変わりました。気迫も半端なかった。許昕選手はその鬼気迫る雰囲気に気圧されているように見えました。レベルは天と地の差ですが、私も主人との夫婦ダブルスで似たようなオーラを纏ったことがあります。卓球も生活も女がひっぱっていかなきゃいけない場面がある。劉詩雯さん、お気持ちをお察しします。試合は11-9で日本がゲームをとり、カウントは3-2に。日本が逆転しました。

第6ゲームは6-11で中国がとり返し、3-3でフルゲームへ。最終第7ゲームは……中国選手相手に8-0って何なんですか? ラリー戦で水谷選手&伊藤選手が次々と決める。ジャンジャンバラバラジャンジャンバラバラ。馬琳コーチもたじたじです。これがオリンピックマジックってやつですか? 世界最高峰の大舞台なのに、お二人とも伸び伸びとプレーして、なんだかとっても楽しそう。

磐田市のスポ少時代、水谷少年が幼い美誠ちゃんをおんぶして可愛がる写真が、今この瞬間に力を出し合うお二人の姿と重なって、泣き出しそうになりました。水谷選手も伊藤選手も孤高の存在。己の卓球をぶち抜いた者同士がペアを組んで日本人選手として前人未踏の頂に立つ。赤色で統一されたフロアマットやフェンスが日の丸色に見えてきました。そう、ここは東京のホーム。記念すべき自国開催で金メダルを獲る。現実ですか? 現実です。最後は11-6。ゲームカウント4-3で日本ペアが勝利しました。

この後の表彰式、水谷・伊藤ペアが手をつないで表彰台に立ちました。一番高い台の上からどんな景色が見えたのでしょうか? 同郷から見える富士山だったらドラマティックですね。 日本の卓球史に名を残す活躍をした水谷選手ですが、東京五輪で引退を宣言しています。残念で仕方がありませんが、日本には張本選手を筆頭に期待の若手が控えています。オリンピックの団体やシングルスで中国に勝てる日は遠くないでしょう。そうなるとこの先、生まれてくる卓球人は強い日本しか知らないかもしれません。そんな世代に語り継ぎたい。“日本が中国を倒して金メダルを獲る”ということがいかに画期的だったかを。令和に入って3年目ですが、私にとって令和の幕開けは五輪で水谷・伊藤選手が獲った金メダルとともにある。過言ではありません。