こちらは『卓球レディース』編集長の西村が、NOルールで綴る馬鹿馬鹿しい卓球日記です。今回のテーマは夫婦ダブルス。夫婦円満の秘訣はダブルスを組むこと、いやその逆か?

PTAの卓球部に夫婦で足を踏み入れた瞬間。空気とともに伝わってきた教えがあります。「へぇー、夫婦で卓球されるの」「仲がいいのね。でもダブルス組むの?」「PTAの大会は、ほら、ダブルスしかないから……」。地域の方々は、まるで心地の良い春風のようにふんわりとした口調で、さりげなくハザードを点滅(暗示)してくださいました。その道が危険極まりないことを……。

「ようは、夫婦でダブルス組まん方がええっちゅうこっちゃな」。世界一空気が読めないことで有名な私でもピンときました。いや、動物の本能で、自分でもやめといたほうがいいと薄々勘付いていました。だから、入部の時に“ペアを組む前から解消”と宣言し、「あそこの夫婦はペアを組まない」というブランディングに見事成功しました。

入部から半年。その間は平和な時が流れていました。ダブルスの経験はあまりなかったのですが、やってみたらドハマリ。誰かと一緒に一喜(ハイタッチ)一憂(ドンマイ)。純粋な気持ちで「勝ちましょう!」と心を通い合わせる、まさに青春。大人になってから“卓球をやってハッピー。”“仲間もできてハッピー。”“趣味もできてハッピー。”のいいことずくめでした。

ところが……その日は突然やってきたのです。“周りの方から誘われてハッピー”なノリのまま、ある日、ローカルの試合にエントリーしました。「今日は誰と組むのかな~」と思っていたら、当日、欠席者が出て、私たち夫婦は急遽ペアを組むことになりました。その話を聞いた時、脳内に黄色信号が点滅しましたが、「まぁ、一日くらい平気でしょう」と、横断歩道をダッシュで渡りきればよい……くらいの軽い気持ちで自分にGOサインを出しました。

軽率だったと後悔したのは3ゲームマッチの1ゲーム目。3-7から私のドライブが決まって4-7になった時でした。夫が私の肩を叩き「やっと、入ったな!」と天上界から声をかけてきたのです。その瞬間、私はなぜか未体験のゾーンに入りました。テレビで勝利者インタビューを受けるプロ卓球選手がよく口にする「ゾーン」です。ボールや相手の動きが止まって見えるという異次元のプレー感覚。「私も体験したいなぁ~」と憧れていたあのゾーンが、プレー外に訪れたのです。

なぜ……? かと言いますと、巻き戻します。実は試合が始まってすぐ、夫は4本連続サーブミスをしました。個人レッスンを受けるというたびに、小遣いを渡していた私としては「ありえへん」と叫びたくなるところでしたが、卓球は、社交ダンスのように男性にリードを任せるという決まりはありません。ましてや、卓球を始めて半年の夫を責めるのは青鬼です。ここは、自分が頑張らなくちゃ勝てない、その気合いで回り込んだドライブが決まっての4-7だったからです。

なのに、なぜ「ナイスボール」ではなく、「YATTO、HAITTANA」という真上からの声掛けができるのか? その言葉と折り合いがつかず、そこからの試合展開は覚えていません。夫と私の間にはマリアナ海溝よりも深い溝があったことに気づかされたからです。「『YATTO、HAITTANA』って言う人と毎日同じタオルを使っていたなんて……」「『YATTO、HAITTANA』って言う人と同じ爪切りを使っていたなんて……」「『YATTO、HAITTANA』って言う人と同じお墓に入ろうとしていたなんて……」。

今際の国との交信が続くなか、気づけばこちらが1ゲーム先取していました。聞くところによると、思いがけない形でゾーンに入った私は立て続けにドライブを決めていたようです。賞賛に値する働きをした私に、夫はさらなる天上界からダメ出しを始めました。「前半は何? 後半やっと入りだしたやん」。私は急に日本語がわからなくなりました。「ぼーっとしてるし、試合なんやから集中して!」荒らげた夫の声に、はっと我に返った私は、言い返そうと会場中の酸素を肺に取り込みました。そして、それ(サーブミスしたやんけー)をリリースしようとした瞬間、「もう、あんたとはやらへんっ!」と、会場をつんざくような叫び声が聞こえてきました。

びっくりして振り向くと、相手コートのペアが激しい言い合いになっていました。「まだ試合の途中やから~」と、二人をなだめる友達らしき人もいます。お揃いのメーカー新作ウエアを着たペアはどうやらご夫婦のようでした。熱を帯びる二人のラップバトルを聴いていると、突然、千里眼が開かれました。「ご夫婦で仲良くウェアを選ばれる絵」「ご夫婦で仲良く練習される絵」「ご夫婦で仲良く戦術を語り合う絵」。いろんな過去が見通せましたが、いま、現在、just nowのアウトプットがこの戦況。信じられません!

ご夫婦の口論は、いつしか壮大な卓球論に発展し終わりが見えなくなりました。自分たちがケンカに突入するタイミング&2ゲーム目に入るタイミングで迷子になってしまった私たちは、広い体育館にポツンと置き去りにされたヘンゼルとグレーテルのように、どうしていいのかわからない者同士、気づけば自然と身を寄せ合い立っていました。そして、卓球論第二章に入った先輩夫婦を見ると、なんだか自分たちが小さく見えました。私はついさっきまで、夫婦ダブルスの負の真髄に触れた気でいましたが、まだまだ入り口に立っただけ。研鑽して、相手ペアのように本気でぶつかり合えるようになるか。それとも、チビッて二度とダブルスを組まないか……。

それから1年。私たちは今もたまにダブルスを組んでいます。夫は卓球の神が降臨したのか、週末は1日5時間練習しています。卓球に真摯に向き合う人とペアを組めるのは、それが誰であれ光栄ですし、気分の良い日はダメ出しもアドバイスと受け取れます。円熟味を増して、あの時のペアのようにお揃いのウエアを着て真剣にプレーできる日は来るのか……と、その前に、ウエアの趣味が合わないのでナシですね!