卓球は迂回してライフスタイルの話題へ。レディース世代の卓球選手の過去・現在・未来がわかるインタビューコンテンツ「今月の卓球レディース」。8月のゲストは森さくらさんです。セカンドキャリアがスタートしたさくらさんが描く未来とは?

卓球場・フォレスタで指導生活スタート

大阪市旭区にある卓球場・フォレスタ。数々の全日本ホカバ上位入賞者を育成してきたジュニアの名門クラブだ。森さくらさんもこちらの卒業生のひとり。コーチであるお父さんの指導を受け、全日本卓球選手権大会バンビの部で優勝。その後の活躍はみなさんご存じの通り。全日本選手権準優勝、WTTコンテンダー優勝など数々の戦績を残し、Tリーグ2024-2025シーズンを最後に引退した。

「結婚や出産など、人生のセカンドステージを考えて28歳で引退するイメージは2年前からありました」とさくらさん。今年の6月からはフォレスタに戻り、個人レッスンを中心に卓球の指導をおこなっている。自分が育った場所がこれからの仕事場になる彼女に、お父さんがしてきたようにジュニアや我が子を指導するプランはあるかたずねると……。

「考えていません。卓球は真剣に頑張る子供にとっては孤独なスポーツ。お母さんがコーチだと子供もプレッシャーになると思うので」。

と意外な答え。あれれ、毎年7月のグリーンアリーナには元プロ選手の親御さんをちらほらと見かける。その3日目には有名な名前のゼッケンがコートに躍る光景を見たことがある私にとっては拍子抜けの答えだった。「本当ですか?」ともう一度同じ質問をなげかけても、さくらさんは迷いなく首を縦に振った。壁にお父さんが集めた2000冊の卓球書が並ぶ側のテーブル席で、後ろに背を向けて座るお父さんがいるなかで、きっぱりと。やらないと。

今は現役生活のプレッシャーから解放され、新たな人生を楽しむさくらさん。寮生活からひとり暮らしへ。スーパーで買い物をして自分で晩御飯を作るのも新鮮。個人レッスンの生徒さんへの指導も新鮮。そしてなんと、ローカルの大会にも出場しているという。これは新鮮を通り越して大冒険ではないか?

「お父さんとそのお友達と一緒に地元の大会の団体戦に出ました。Tリーグに出るよりも疲れましたね」。

一試合ずつ慎重に準備してゲームに挑んできてさくらさんにとって、地元の大会の1日6試合は目から鱗だった。ひとつ終われば、ゆっくり休む間もなく次の試合が始まる。まとまったお昼休みもなく、それはまるで流れ作業のよう。Tリーグのような緊張感はないけれど体力が続かない。おまけに対戦相手はフォア側のボールをずっとバックで返してくるようなクセ者。逆チキータのように見えるが、余計な動きが多すぎてよくわからない。プロの世界を歩んできたさくらさんにとって、ローカルの大会は驚きがいっぱいだった。

「一緒に出た団体メンバーは70代。これだけの試合量をこなして、体力がよく続くなと、うらやましく思いました」。

さくらさんを驚かせたのはローカルの大会だけではなかった。個人レッスンに来てくれるお客さんの目的の多様さにも腰を抜かした。「いろんな試合に出てコミュニティを広げたい」「50歳から卓球を始めてマスターズに出たい」「大会に出るつもりはないけど卓球を上達させたい」など。試合で勝つためだけに練習してきたさくらさんにとって、これまで純粋に卓球を楽しむという選択肢はなかった。それだけに、世の中にそんな卓球とのかかわり方があったのかと、卓球を始めて25年後に知って驚いたのだ。ここから、さくらさんの卓球の世界は広がりはじめた。

「私がいた世界では、『オリンピックに出たい』『世界卓球に出たい』。それ以外のことは恥ずかしくて言えない雰囲気でした。卓球の目的がひとつではないとわかった今は、いろんな目標を持った人が集まり、にぎわいのある卓球場になればいいなと思っています」。

楽しいおしゃべりが続くなか、さくらさんの後ろに座っていたお父さんがゆっくりと立ち上がり、卓球台の方へと歩いていった。時計が5時を指していた。これからジュニアのレッスンが始まる。その横顔は娘の親からピリッとした指導者の表情に変わった。

その後ろ姿を見送るさくらさんに、もう一度、子供ができたら卓球を教えないのかと尋ねると……。

「さっきはやらないって言ったけど、5年後に答え合わせしてください」と笑みを浮かべた。

5年後、さくらさんの卓球の世界はもっともっと広がっているだろう。人の価値観は変わっていい。その時に聞ける答えが楽しみだ。

森さくら

元日本生命レッドエルフ主将。右シェイク裏裏ドライブ型。2014年全日本選手権準優勝、世界卓球東京大会女子団体準優勝、2017年ITTFインドオープンシングルス優勝、2020年Tリーグ年間MVP、後期MVP、2024年WTTコンテンダーメンドーサ優勝。

現在は大阪市旭区の卓球場・フォレスタで個人レッスンを中心に指導に携わる。料金3000円(25分)、7,000円(50分)、時間10~18時(不定休)