卓球を迂回してライフスタイルの話題へ。レディース世代の卓球選手の過去・現在・未来がわかるインタビューコンテンツ「今月の卓球レディース」。4月のゲストは元オリンピアンの藤沼亜衣さんです。多彩な夢にコマを進めても、卓球の振り出しに戻ってしまう。亜衣さんの引っ込み人生とは?

憧れはドーナツ屋さんの店員

同世代のママさん卓球家である藤沼亜衣(39)さんとお話ができると浮かれていた矢先、私はある恐ろしい都市伝説を耳にしました。それは……

「卓球の女性選手は競技へ復帰するために、産後3ヵ月でお乳が止まる薬を飲む」という話。

99%ガセ情報。だけど笑えません。卓球の女性選手の真面目さと競技の過酷さを見事に風刺しています。そもそも亜衣さんは2大会連続出場の元オリンピック選手。上記を上回るストイックな武勇伝がびっくらポンと飛び出してもおかしくありません。

私は背筋が伸びる思いでオンラインインタビューに臨みました。ところが画面に映る亜衣さんは、獲物を狙う鷹ではなく、ひらひらと舞う蝶のように華やかで朗らか。その表情に安堵してお話を伺うと、亜衣さんは私たちと変わらない悩み多きひとりの女性でした。

「卓球の女性選手は産後の復帰が早い。それだけはホントです。子供ができると、もっと仕事を頑張らなくちゃと気合が入りますよね。だけど私はすごくのんびりしていました。子供が3歳になるまで卓球から離れ、卓球との向き合い方もわからなくなってしまった。ほかの仕事を考えた時期もあります。栄養士の勉強をしようかなと。だけど私は思ってもすぐに実行できない性格なのです。やりたいことがみつかっても、行動せずに1、2年がたつことなんてざら。何かに挑戦するってエネルギーがいりますしね」。

卓球以外のことに挑戦したいという思いは現役時代も頭の片隅にあったそう。弱冠17歳でシドニー五輪の切符を手にした時も、寮の最寄り駅にあるドーナツ屋さんで働きたいという願望があったのだとか。

「ガラスケースにずらっと並ぶドーナツをとるのが楽しそうでやってみたかったのです。ほかにもキャラクターショップでマスコット商品のラッピングなんかに憧れました」。

瞳をキラキラと輝かせて語る亜衣さんは乙女そのもの。現役アスリートの過酷な生活からの現実逃避ではなく、本気で挑戦したかったのだとか。しかし行動に移す前に履歴書の作成や面接など、段取りをあれこれ考え過ぎてお腹がいっぱいになったらしく、

「結局、やりませんでした」と笑う。

↑ドーナツ屋さんで働くという夢はいつ叶うのか。

目指したのはカリスマ店員

ほかにもスーパーのレジ打ちやカフェの店員など、女子なら一度は憧れる職業への片思いは社会人になっても続いたのだとか。「プロツアーでアメリカへ向かう飛行機の中、携帯ゲームに夢中になっていたら、相席の男性に『えっ? 意外???』って驚かれました」。亜衣さんがプレイしていたのはキャラクターの着せ替えゲーム『わがままファッション ガールズモード』。洋服やアクセサリーなどをコーディネートしながらカリスマ店員を目指すというもの。

真剣勝負の修羅場へ向かう道中で、カリスマ店員を目指すなんて、なんという余裕。いや自分の世界観を大切にする女性なのでしょうか。ちなみに、その相席男性が今の旦那様なのだとか。「ギャップ萌えで彼のハートを掴んだのでは?」と深読みせずにはいられません。モテ期が訪れる前に更年期が訪れた私。もっと早くこの恋のチキータを教えてほしかった。

まわりにどんな目で見られようと、自分の世界観とペースを大切にした亜衣さん。練習時間もみんなと合わせることなく、自分の体の声を聞いて早めに上がることが多かったそう。

「体の柔軟性を生かした卓球をしていたので、体が硬くなるような過酷な練習はしないようにしていました。練習後のストレッチも入念で、気づいたらストレッチの態勢のまま寝ていたりとか、開脚しながらテレビを見ていたりとか。笑われてましたね」。まわりから「変わってる」と揶揄されても笑顔でスルー。マイペースを貫いたのだとか。

そこまで体の柔軟性を優先するにはほかにも理由がありました。「バレリーナになりたかったのです。現役の後期は体幹を鍛える目的で真剣にバレエを習おうかとさえ思いました。人とは違う方法で上達するのが私流。バレエに卓球のヒントを見出したかったのです」。

練習をセーブしてまでバレエができる柔軟性を守り抜いた亜衣さん。バレエからどんな卓球上達のヒントが引き出せたのか、食い気味で尋ねると……。

「やっぱりやらなかったんですね」と笑う。

あれ? DE・JA・VU

ひらめきを形にするために、あらゆる方向へ思考をめぐらせる。押し寄せる波のように。
しかしながら行動に移さず、元の生活に戻る。引き返す波のように。

亜衣さんの思考にはきっと潮のような満ち引きがあるのでしょうね。

お話を聞くうちに、亜衣さんが卓球を極めた理由が海面に浮かび上がりました。栄養士、カフェ店員、カリスマ店長、バレリーナ……etc すべての石橋を叩き過ぎて壊し、自業自得で退路を断ってしまった。海を漂う亜衣さんはこれからも卓球に流れ着く人生。間違いないでしょう!

↑見よ、この柔軟性。バレリーナになれるポテンシャルは十分。

藤沼 亜衣

2000年のシドニー、2004年のアテネと二大会連続の五輪出場を誇る元卓球選手。2012年に住友金属物流(現 日鉄住金物流)の森田有城さんとご結婚。現在は4歳の息子さんの子育てに奮闘しながらYOYO TAKKYUでレディースの方を中心に指導に当たる。

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