こちらは『卓球レディース』編集長の西村が、NOルールで綴る馬鹿馬鹿しい卓球日記です。今回のテーマは謝るタイミング。ごめんの数が一定量を超えると人は誰かを好きになる……?! 

フリー練習会などで初めてラリーをする相手には、打ち始めマメに謝ってしまいます。ボールがオーバーしたら「わーすみません」。打ちづらいところに返球したら「ありゃーすみません」。ボールを拾って拾わせて、そんなこんなで練習開始から5分。お互いが目の前の一球に集中し、遠慮なく打ち合える仲になっていたら、もう卓球のグループLINEに誘って誘われての仲。過度なお詫びは要りません。わんこそばの「はい、どんどん」「はい、じゃんじゃん」のごとく、ミスを気にせず、リズム良く、ラリーを加速させます。ここで「すみません」の一言を挟むと、かえってテンポが狂うことも……?! 練習相手と気持ちよく打つためには「すみません」と声をかけるタイミングと頻度も意識せねばと思う昨今です。

「ごめん」の数が一定量を上回ると人は誰かを好きになる?!

さて、今から30年前、ある田舎の高校の卓球部にA先輩という、たいそう腰の低い男がおりました。すぐに「ごめーん」と謝るので、後輩女子からは“ごめん先輩”と毒のある直球のあだ名で呼ばれておりました。A先輩は、こちらのミスでも「ごめん、ごめーん」と謝りながらボールを拾いに行きます。私は高校から卓球を始めたので、入部当初はラリーが続くはずもなく3~4球でホームラン。そのたびにA先輩は「ごめん」を連呼しながら、フェンスを乗り越え、ダッシュでボールを拾いに行きます。初めは申し訳ない気持ちでいっぱいだったのですが、次第にそれは拷問になりました。
体育館中に響き渡る声で私のミスを知らしめる「ごめん、ごめーん」の恐ろしいサイレン。同じ空間にいる剣道&バドミントン部員は、練習の手を止めてこちらを見ます。恥ずかしい、やめてほしい。でも、A先輩はウィーン少年合唱団のように、悪気なくピュアな声を天高くとどろかすのです。「ごめん(打ちにくいところに返球して)、ごめん(きつく打ってしまって)、ごめーん(全部僕が悪い!!!)」と。気づけは、私は“ごめん先輩”のことを、敬称略、“ごめん”と陰で呼んでおりました。敬いの最後の砦である“先輩”を無意識に外していたのです。
「どうすればやめてくれるか……」。私はA先輩にそれとなく伝えようとしましたが、先輩は何でも「ごめん」という言葉で片付ける強者で、日本語が通じませんでした。まるで「かわいい♡」の一言ですべての会話を成立させる女子高生のようで歯が立たなかったのです。
「他人は変えられない、変えられるのは自分だけ」という自己啓発本の名言に触発され、「ごめん」を封じるには自分が上手くなるしかないと覚悟を決めました。それから2ヵ月間、私は全集中でフォア打ちを練習。夏の合宿で100往復を達成できた時は心底嬉しかった。もう基礎練習でA先輩に当たっても、何百何千という「ごめん」のシャワーを浴びずに済むからです。顔を赤らめることなく、体育館で堂々と練習する未来の自分の姿が見えました。

さらなる「ごめん」の試練 to be continued.

甘かった……。夏休みの40日間は、剣道&バドミントン部員の頭から1学期のごめんサイレン事件を消し去りましたが、2学期が始まると同時にA先輩がリマインドしました。@やっと参加が許されたサーブ三球目の課題練習。A先輩に当たると、夏の湿度で潤した喉を、秋に振るわんとばかりに「ごめん、ごめん、ごめーん」と熱唱。無回転で拍が際立つ私の打球音と相まって、それはなんだかサビばっかりの歌謡曲にも聴こえます。『素直にI‘m sorry(ごめん)』とでも題しましょうか。とにかく目立つ、ごめんfeaturing三球目ミスの女が奏でる台上の即興曲は、リクエストなしで放課後に繰り返し再生。その音は体育館狭しと窓から飛び出し、秋風にのって、体育館前で筋トレするバスケット、テニス、ラグビー部へと届くのでした。私「(独白)恥ずい。ごめんよ……マジ、許さん……」。ある日、学校へ行くとクラスの男子が「昨日も『ごめーん』って言われてたな。ミス連発やな」とケラケラ笑って言いました。その言葉のハサミが、私の堪忍袋の緒を切ろうとした瞬間。友達のS子が、「でも、A君いい人よ。私、小学生の時からよく知ってる」とフォロー。「ん?」と思って話を聞くと、S子とA先輩は小学生の時、S子の父が監督を務める地元のソフトボールクラブのチームメイトだったとか。思い出話として、小学生の頃、S子の父がグランドに忘れたボールをA先輩が家まで届けてくれたエピソードを聞かせてくれました。そのシーンを再現しますと……。

  箱いっぱいに詰め込まれたソフトボールを一人で懸命に運ぶA先輩(小学生)。
  父親が運転する車で外出するS子。
  すれ違うがお互い気づかない。
  A先輩S子の家に到着。
  インターホンを鳴らすが、誰も出ず。
A先輩「……(どうしよう)」
  路頭に迷うA先輩、地面に転がる白い物体が目に入る。
A先輩「!」
―――2時間後 
  車に乗ったS子、自宅前に到着。
  ウィンドウを下げると、玄関には
  ボールが入った箱が置かれている。
S子「(はっとして)忘れてた!」
  あわてて車から降りるS子、足元を見ると、
「ボールもってくるの、おそくなってごめんなさい。ありがとうございました!」と、白いチョークで書かれた文字が地面いっぱいに広がっている。
S子「……(立ち尽くす)」
S子の父「(後ろから来て)Aはいい子や」
  振り向いて父に頷くS子。

その話を聞いたとき、私は心の底から「ごめん」と思いました。ごめん(バカにして)、ごめん(あだ名で呼んで)、ごめーん(全部私が悪い!!!)と。よく考えたら、素直に謝れる人に悪い人はいないし、卓球が上達したのもA先輩のおかげ。なんで今まで気づかなかったんだ、優しさに実数があることを。マザーテレサ<ユニセフ大使<A先輩。そして「ごめん」の言葉がある一定量を超えると、誰かのことが嫌いから好きに変わるということを、この時初めて知りました。そう、そのA先輩は今の夫です(ウソです)。