こちらは『卓球レディース』編集長の西村が、NOルールで綴る馬鹿馬鹿しい卓球日記です。今回のテーマは粘着ラバー。お金をかけずに粘着を生み出すのが苦学生の知恵ってもんですよ!

粘着ラバーのネチッこさ。その本当の恐怖とは?

家計を預かる主婦にとって「粘着ラバー」の台頭は久々の脅威です。消費者カースト最下層の夫ですら国内4大メーカーの粘着ラバーをすべて試すご時世。夫に小遣いを分配する身としては、企業の恐るべきプロモーション力に負けを認めざるを得ません。

そもそも粘着ラバーとは、裏ソフトの表面にネタネタ(関西弁)の粘着の加工を施したもの。最大の魅力である“回転力”がそのまま“訴求力”となって卓球人のハートに命中。微~強の粘着バリエーションで、初~上級者までをターゲットとして絡み取ったネチッこいアンチキショー。「粘着がなくなったから、ラバー代おくれ」という夫のオフェンスに対し、「あんたに粘着はまだ早い」という妻のディフェンスがきかなくなってしまった用具のことです。

ここから本題

さて、今から30年前の話。スマホもない、PCもない、「卓球王国」もない卓球情報源3NAI時代。己の頭で戦術を考え、打法を編み出し、用具を開発した古き良き頃。ある公立高校の弱小の卓球部に、許昕よろしくのドライブを放つペン裏の男がおりました。高校から卓球を始めたN先輩です。彼の放つボールは、上空で人のお弁当を狙う鳶(トンビ)のように、ふわっと舞い上がって半旋回し、恐ろしいスピードと正確性でお箸につまんだ唐揚げを奪っていく。これ以外の表現が見つからないほど野性味に溢れ、時に地元の強豪・H山高校の選手の黄金の唐揚げをかっさらうほどの脅威性を秘めておりました。

「自分の技にしたい」。鳶ドライブに憧れた私は、誰かの唐揚げを奪うべく、ラバーを表から裏に変更。N先輩のフォームをコピペしましたが、唐揚げどころか、おにぎりすら奪えない鈍い仕上がりになりました。何かが違う? 確認したのは「フォーム」ではなく、「ラバー」でした。N先輩がラバーフィルムをはがすと、韓国のカタツムリ美容液のような粘っこい糸を引くのです。使っているのは同じ「マークⅤ」。なのに、何もかも違う。私は「ラバーの秘密を教えてほしい」と粘り強く交渉。すると、粘られ負けしたN先輩は「他の部員には内緒」と、渋々、企業秘密を教えてくれました。

その秘密を全世界に公開しますと………。

  • ①部活が終わったらラバーに泡のクリーナーを塗りたくって、フィルムですぐフタをする。
  • ②屋外にある卓球部専用のロッカー。その一番上の段の右端。積み上げられた「卓球レポート」の上に置いて帰る。

以上、ふたつを守ると数ヵ月後には高級美容液クラスの粘りが出るのだとか。原理はまったくわかりませんが、こちとら感覚で生きている女子高生です。製造法を聞き出すことに成功した瞬間、私は女子卓球部のピラミッドの頂点に立った気がしました(部員数4人)。参考書を買った瞬間、勉強を終えた気になるのと同じ感覚です。

それからというもの、N先輩の信者の如く、毎日①②を繰り返しました。雨の日も風の日も、後輩に「背が低いのに、なんで高いところに置くんスか」とバカにされても、同級生に「『卓球レポート』が取りにくい」とグチられても、笑顔でスルー。この人たちは、数ヵ月後に私がネッバネバのラバーで、どえらいドライブを繰り出すのを知らないのです(嘲笑)。S※だって、N先輩と二人だけの秘密♡ですから。

「ラバーは買い替えるものではない、育てるもの」というN先輩からの金言を授かった私は、ケサランパサランを育てる気分で、ラバーの成長を見守りました。母親に「またクリーナー買うの?」と嫌な顔をされても、笑顔でスルー。母はこの数百円が、私の卓球にどれほどの価値を生み出すか知らないのです(嘲笑)。D.S.(S※へ) ひと月経つと、なんだか粘りが出ていたような気が……。よっしゃ、もっと、クリーナーを塗りたくれー。粘れー粘れー粘れぇー!! 

ラバーを大切に育てていた期間、私は夢の中で誰かの唐揚げをかっさらう絵を何度も見ました。鳶が鷹ドライブに昇華し、お箸につままれた標的目掛けて飛んでいく。そして、その誰かは、目線を上げると、そう、いつも公式戦で当たるシード選手、地元の強豪・K頂の選手でした。ペン反転、裏×粒高という異質なアンチキショーに私はずっと勝ちたかった。あと一歩。なのに、いつも何かが足りない。でも、その何かはもうすぐ手に入るのです。唐揚げどころか、弁当にへばりついたお新香まで奪える日が近づいている。だから、お願い、ラバーよ、寝ている間もどんどん粘りを増幅させておくれ。そして、目覚めたときに叫ばせておくれ。「夢じゃなかったんだ」……!!!!!!

数ヵ月たっても、夢は夢のままでした。大木に育つどころか、芽さえ出なかった木の実、いや、私のラバーは「なんとなく粘りがあるような気がする……」レベルから抜け出すことはありませんでした。しかも、その微微微粘着は、なんだかカビのような気がしてきました。高温多湿のロッカー。その右上は菌を育てるのに適していたのかと。ならば、あのN先輩のラバーの強粘着はなんだったのか? ①②以外にも隠し味があったはず。いや、もしかすると別の方法かも……。でも、勉強が忙しく練習に来なくなったN先輩に聞くことはできませんでした。「えっ、マジで、バカ正直に①②やってたの?」と笑われるのが怖かったからです。

うまく入らないとラケット&ラバーのせいにするのは、私のチャームポイントのひとつですが、それがきっかけで数ヵ月に及ぶ壮大なプロジェクトを敢行したのは後にも先にもありません。粘着ラバーを自生した男。いや、粘着ラバーの自生を夢見た女の話でした。

P.S. K頂の選手には一勝もすることなく引退を迎えました。