こちらは『卓球レディース』編集長の西村が、NOルールで綴る馬鹿馬鹿しい卓球日記です。高校一年生の夏に訪れた京都・綾部。初めての卓球合宿は青春の思い出がいっぱい。
仲間との女子力の違いに驚かされ
夏い暑、失礼、暑い夏がやってきました。元気な卓球キッズたちは、夏休みを利用して遠征試合、合宿、強化練習会に参加。お盆があけるとレディースのぶっつけサーブや粒高レシーブ、忖度のチョコレートがきかなくなるほどレベルアップするんでしょうね。
かく言う私にも10代の頃はありましたよ。高校生から始めた卓球。初めての夏合宿は思い出(ネタ)がいっぱい。人生の宝石箱のようにキラキラと輝く4泊5日でした。
合宿先は京都の奥座敷・綾部。朝イチ、京都駅に集合してからの出発でしたが、私は電車が来る直前にトイレに駆け込んで、戻ってきたら皆の居場所がわからなくなり、いわゆる迷子に。パニックになり走り回っていたら、遠くの方から「にしむらさ~ん」と捜索の声が聞こえ、迷い猫のようにニャンニャンと鳴きながら皆と合流しました。
そして、私のせいで乗る予定だった電車に乗り遅れる事態に。。。当時、綾部行の電車は本数が少なく、到着時刻が遅れて、部員の練習時間を大幅に削る結果となり、罪悪感から初日に帰りたい気分になったことを色濃く覚えています。
肩を落としながらも着いたお宿は風情のある日本家屋。間口が超狭く、「こんなところに12人も泊まれるの?」なんて玄関口で騒ぎましたが、そこは京都ならではのウナギの寝床。でんぐり返りしたら100回以上転がれるのではないかと予測されるほど奥行きがありました。
私たち女子3人は玄関から一番近い部屋に泊まることになったのですが、ここで驚いたのは同級生のNちゃんが部屋に入るなり、机の上に小さなボトルをたくさん並べ始めたこと。
私「えっ、Nちゃん、なにそれ?」
Nちゃん「これは化粧水、これは乳液、これはトリートメント、これは……」
私「!!!!!」
スキンケアと言えば、真水で顔を洗ったことしかない16歳のおぼこはカルチャーショックを受けました。Nちゃんは京都市内の繁華街、私は京都市内の山間の田舎に在住。とはいえ同じ太陽を浴びているはずなのに、Nちゃんは全然焼けないな~色白やな~と日々色濃くなる自分の地肌と比べていましたが、この小ボトル群にカラクリがあったのです。
女子力でも勝てない、卓球でも勝てない。私はNちゃんに何で勝負を挑めばいいのか??? 凹みながらも私は弱気な心を奮い立たせました。この合宿で何かを掴んで帰ろう。そして、Nちゃんに卓球で勝てるようになろうと。つまり、女子力でNちゃんに勝つことを完全に放棄したのでした。
疲れを倍増させたお風呂密室事件
練習は旅館近くの体育館で朝から夕方まで。時間がたっぷりあるというのは恐ろしいですね。私はキャプテンに「最終日までにフォアラリーが100回続くようになれ」とミッションを受けました。私は卓球を始めて3ヵ月の超初心者。ラリーなんて20回も続いたことがないから「無理っすー」と笑ってごまかそうとしましたが、「今まだ11時やから、夕方には50回くらい続くようになってるやろ」と時計を指して楽勝なノリで言われました。
もちろん、私は右から左へ受け流したのですが、Nちゃんは流しませんでした。私のラリーにつきあってくれたのです。私もNちゃんの期待に応えようと頑張りましたが、あと1本で30回、そこでオーバーミス、空振り、ネット(涙涙涙)。結局この日は30回も続きませんでした。一日という時間を有意義に使っても30回続かない伸びしろのなさに合宿の意義を問い直したくなりました。
練習の後は、疲れを癒やしにNちゃんとKさんと女子3人でお宿の浴場へ。大きなお風呂ではありませんでしたが、窓から日本庭園が見える情緒たっぷりのお風呂場でした。さらに庭園の奥の方からは宴の賑わいが聞こえてきます。
Kさん「どこかの部屋で宴会してるんかな。大きな声で楽しそうやな」
Nちゃん「Kさん、うらやましそうやな。寄ってきたら?」
Kさん「なんで邪魔せなアカンねん」
3人「ハハハハハ」
私たち3人は着替えながら笑い合いましたが、ほどなくして笑っていられない事件が起こりました。
3人そろって浴場を出ようとすると、脱衣所の扉が開かないのです。台上が上手い手先の器用なNちゃんが鍵をいじってもあかない。力強いスマッシュが自慢のKさんが力任せにドアを押してもあかない。そして、声のデカい私がドアを叩いて人を呼んでも誰も来ない。
3人「……」
手を尽くせないまま10分、20分が経過。脱衣所の中に脱衣することなくずっといると、湯煙はもはや癒やしのアロマではなく、頭をぼーっとさせるただの多湿に。窓から見える和庭園は寛ぎの景色ではなく、世間から私たちを隔離するムダな空間に思えてきました。
不安にかられるKさんとNちゃんを見て、3人の中で一番卓球がへこい私は、なぜかここでリーダーシップをとりました。
私「浴場の窓はサッシやから、そこから外に出よう」
Nちゃん「えー、靴ないから足が汚れるやん。せっかくお風呂入ったのに」
Kさん「でも、確かにそれしか方法はないよな」
私たちは意を決して、浴場へ戻りました。そして、言い出しっぺの私は浴槽のヘリをつま先立ちで歩いて、さび付いたサッシの鍵を開けました。
私「開いた!!!」
私は窓をガラリと開けると思いっきりジャンプして外に出ました。湿った土の上に着地して足裏は泥パック美容のそれになりましたが、想定の範囲。二人はそろりと階段を降りるように外に出ましたが、ムダに奥行きのある日本庭園(でんぐり返り30回分)をそぞろ歩くうちに私と同じ足裏になりました。
Nちゃん「ハーッ、これどうやったら部屋に戻れるの?」
ゴールの見えない散策に、粘り強いラリーが自慢のNちゃんが深いため息をつきました。それもそのはず、旅館は右手にずっとあるのですが、入り口が見当たらないのです。3人で途方に暮れていると、浴場から聞こえていた宴の声がだんだんと大きくなってきました。
斜め前方の窓が開いている部屋から宴の声がはっきりと聞こえてきたのです。
Kさん「宴会場や! お邪魔して入らせてもらおう!」
Nちゃん「えーっ、そんなことしたら迷惑やん」
Kさん「それしか方法ないって」
和庭園をさまよい疲れ切った私たちに選択肢はありませんでした。Kさんは少し開いたサッシに手をかけ、力いっぱいガラリと窓を開けてくれました。するとそこは案の定、宴会席。30人ほどの浴衣を着た大人たちが、生ビール片手に伊勢海老やの真鯛やのの会席膳を楽しんでいました。
ミスするたびにラケットを投げて、大人の審判員をいらつかせるKさんが、この時ばかりは「失礼します!」と大きな声で断りを入れ、先頭をきって宴会場の中へ入っていきました。私たちもヘコヘコと頭を下げながら後に続きました。
首にタオルを巻いた風呂上がりの女子高生3人が、突然窓を開けて外から入ってくる。大人たちはポカーンとした表情で、畳に残る私たちの黒い足跡を目で追っていました。あれほどうるさかった宴の賑わいはピタリと止み、静寂が会場を包みました。
私たちはどうやら、旅がもたらす非日常の世界、それを上回る非日常の世界を大人の皆さんに提供することに成功したようです。
高校生の合宿に恋はつきもの
無事部屋に戻ると、私は100円玉を握りしめて旅館の外へ。いろいろあって一人になりたかったのです。少し歩いた先にある自販機でジュースを買おうとしたところ、手が滑ってお金を溝に落としてしまいました。溝のフタが頑丈だったのか、私の握力がなかったのか、フタが外せず、100円玉とバイバイすることに。とことんTSUITENAI。
後日談を挟みますが、翌々年の合宿で後輩の女の子が同じくその自販機の前で100円玉を落としました。その子はすぐに男子の先輩を呼び出し、溝のフタを開けてもらったそうです。そして、ほかに誰もいない田舎の自販機の灯りの下で女の子は先輩に告白。二人はつき合うことになったそうな。
うーん、比べたくないけど……
西村 損(100円)×1=損1
後輩 損(100円)×1+得(100円)×1+得(彼氏)×1=得1
うぎゃーーーーーー!!!
「損得で物事を考えたらアカン」と幼い頃から親に言われて育ちましたが、なんなんだこの差は! つづらからおばけか金銭か? 私と後輩には、はなさかじいさん級の違いがある。成功者になれる人となれない人の違いが卓球合宿の1シーンに現れていて涙がちょちょぎれます。
翌朝、私たちは疲れ切って爆睡しているところを男子の先輩に叩き起こされました。
「いつまで寝てるねん。走りにいくゾ!!!」
えっ、走るって何? 合宿で体力づくりなんて聞いてないよ。そもそも、女子の部屋にノックなしで入ってくるなんて何サマ? 私は女子の面子を保つために先輩に言い返しました。
「寝起きやのに今からなんて無理です。準備するんで先に行ってください。私たちは女子やから、男子よりも準備に時間がかかるんです(きっぱり)」。
先輩は、卓球ウエアをパジャマ代わりにして寝ていた私とKさんを見るなり、集合場所の玄関に引きずっていきました。ところが、Nちゃんはお肌と髪に栄養を与える工程があるとみて、体力づくりの走り込みを免除されました。
女子力―――!
後半へつづく