こちらは『卓球レディース』編集長の西村が、NOルールで綴る馬鹿馬鹿しい卓球日記です。2024年の全日本卓球男子シングルスは卓球史に残る好ゲーム。その模様を綴った時の心境をお伝えします。
選手たちの命がけの戦いに涙のスイッチを押されて
40歳になったころだったかな。突然、涙腺のネジがバカになった。脚のケガで病院へ行ったとき、待合室のモニターにイルカの親子が泳ぐ映像が流れていて、それを見ただけで涙があふれた時は本当にヤバイと思った。私が診てもらうべきはこっちなんじゃないかと。
そういえば昔、「天才たけしの元気が出るテレビ」で松方弘樹がV観ただけですぐに泣いていたのを思い出した。あの映像を見るたびに、子供の私は「ウソ泣きなんじゃないの」と疑っていたけど、年齢が追いついてやっとわかる。
世のおじさん、おばさんの弱点は“感動”だと。
ちょっとした感動にも弱い我々なのに、あんなにでっかい感動を見せられたらたまったもんじゃない。今年の全日本選手権。これはもうバスタオルなしじゃ観られなかった。いや、ほんとに。最初からわかってたのよ。泣くなって。平野選手と伊藤選手の僅差のポイント争い。シングルスの勝ち上がりを見る前に膝の上にタオルを置いて正解だった。こちとらハートはガラスの松方なもんでね。ジュニア男子シングルス決勝のときも、男子ダブルス決勝のときも。試合が終わった後は、生まれたての子ヤギのように脚をガクガクさせながら立ち上がってトイレに行ったかな。
男女シングルスのベスト8、準決勝、決勝とピラミッドの頂点に近づけば近づくほど、涙の量は増えた。最後らへんはサービスのモーション見るだけで泣けた。冷静に俯瞰して卓球の試合が観られない自分は、「卓球レディース」の運営者にふさわしくないのでは……とも反省。
回想に入るけど、大昔、ディズニーリゾートの取材に行ったとき「この仕事は、ディズニーが好きな人には務まらないだろうなぁ」と同行中の編集者がつぶやいた。あの夢と魔法の国にひとたび足を踏み入れると、大人も子供にかえってしまう。仕事を忘れる。ミッキーが近づいてきた瞬間に、シャッターを切り忘れる。だから、ミッキーが一ネズミにしか見えない私は適任者と言いたかったのだろう。
だけど今は、大好きな卓球のメディアを作っている。興味しかない私にとって、全日本期間の東京体育館は誰かのディズニーランド。張本選手 VS 戸上選手の男子シングルス決勝は誰かのエレクトリカルパレードだったのだ。私は「この感動を記録したい」と慌てて筆をとったけど、できた原稿を読み返すとなんだか具体性にかける。薄口。つまり「ミッキーが来た♡」くらいに浮かれて取材できてないのが丸わかりの文章だった(涙)。公開するかどうか悩んだけど、自分への戒めのためにも公開した。
こんなものは誰も読まないし、クリックされてもすぐに離脱されるだろうと悲観に暮れていたが、なんと「2024年全日本卓球 優勝は誰にも譲れない。張本選手も戸上選手も。そして、すべての出場選手もそうだ」は、ここ最近の記事で一番読まれるものとなった。SNSのフォロワーさんからも「試合の様子が蘇りました!」との嬉しいお言葉もいただいた。
私が全日本最終日の最終試合に見た世界は、他の卓球ファンが見た世界と同じだったのだ。張本選手と戸上選手が繰り出した技術、戦術、それによる一本。誤解を恐れずに言うならば、それら目に映るものはどうでもよい。
それよりも彼ら二人が全身全霊から発していた卓球への情熱。パリ五輪エースへの譲れない気持ち。そして、そして、これまでの苦悩の日々がパワーに変換される膨大な熱量。そんな目に見えない世界に私たちファンの心は大きく揺さぶられたのではなかろうか。
「いつも気持ちだけデカいね」と言われる私だが、今回の記事はそれが功を奏したのだろう。感動の勢いのままに綴ったあいまいで稚拙な文章には、私の涙があふれていた。
写真協力:卓球王国