「練習が全然できてないの~」と言いながら、明らかにレベルアップしている闇連専門のレディースたち。そう、彼女たちのバックには個人レッスンが得意なコーチがついているのです。予約待ちしてでも教わりたいスゴ腕コーチとは? その人気の秘密に迫ります。

指導というよりは接客。浪速のおもてなし卓球がここに!

「勝ったら自分の努力のおかげ、負けたらコーチのせいだからね」。

個人レッスン終わりに生徒さんから責任転嫁の名言ドライブを放たれても、「おっしゃる通り。こちらの責任」と言球(ことだま)の威力を全吸収できる男がおりました。大阪にある緑橋卓球場の灘政伸コーチです。

「生徒さんの練習のモチベーションを上げるのもコーチの仕事だと思っています。勝てるところまでやる気を引き出せなかったのなら僕の責任です」。

なんと意識の高いお言葉。凡人なら大手進学塾のホスピタリティ研修最終日にやっと出てくるかこないか、そんな高尚なセリフをしらふで言える灘さんとは一体何者なのか?

レッスンを拝見すると、指導も紳士的でレディースファースト。「何がしたいですか?」と相手に質問しながらレッスンを進めます。問題解決が中心でフットワークや多球などハードな基礎練習にはなかなか進みません。「これでは物足りないというレディースもいるのでは?」と尋ねると。

「『勝ちたい』『キツイ練習がしたい』というご要望があればもちろん対応しますが、そうでない限り、僕は最初からハードな練習はやりません。しんどくなって卓球が嫌いになってほしくないからです」。

そして「僕自身、卓球が大嫌いになった時期があったので」と意味深なセリフをポロリ。大嫌いになったのに、今はコーチとはこれいかに? パンドラの箱を開けたくなって、そこのところを掘り下げて伺いました。

↑「自分がやりたいプレーを実現させてくれるコーチ」とレッスン生の佐々木さん。後で「いいこと言い過ぎた」と反省。

卓球が大好きから大嫌いへ。そして今は……

広島県出身の灘少年はおじいさんのすすめで小学校4年生から卓球を始めました。そこから卓球にドハマり。地域の小学校で行われる練習会だけでは飽き足らず、車で40分以上かかる山越えのクラブにまで通いました。友達からの遊びの誘いを一切断り、試合の帰りには遅くまで空いている卓球場に寄って反省練習。送迎に振り回されるハメとなった親御さんは「新種の病気にかかったのでは?」と心配されたそうです。

そして卓球大好き、卓球一筋の勢いのまま、愛知県の強豪高校に入学。ところが……、

「結果を出さなければならないプレッシャーと監督に対する恐怖心で、勝ちたい、強くなりたいという純粋な気持ちを失ってしまったのです」。

やる卓球からやらされる卓球になった灘少年の思考は、「時間があれば卓球しよう」から「隙があればサボろう」に変化。不甲斐ない試合を監督から叱咤され、頭を五厘にして出場の許しを得た全国高校選抜卓球大会のシングルスで優勝するも、心に浮かんだのは「勝てて嬉しい」ではなく「怒られずに済んだ」という安堵の思いだったといいます。

「いつの間にか卓球をすることが義務になってしまったので、社会人になったら卓球はやらないと決めました」。灘青年の決意は固く、大学卒業後は商社の営業マンに。卓球から離れた生活をスタートさせました。

ところが……、

「これまで土日も卓球をしていたので、社会人になったら休日の過ごし方がわかりませんでした。気がつけば卓球のクラブチームに入ることになって」。

えーーーーーっ。

朝令暮改も甚だしい。自称「流されやすい男」灘政伸は、気がつけばクラブチームに入り、気がつけばクラブのメンバーが運営する卓球場のコーチになっていたのだとか。

風に揺られる雲のように流れて流される灘さん。しかし、ここだけは流されないというポリシーもあるそうで……。

「生徒さんには、卓球をただ好きでやってほしいのです。勝つだけが卓球じゃありませんから。僕のレッスンやうちの卓球場がきっかけで、うまくなったり、仲間ができたり、卓球の楽しみ方がわかったら、個人レッスンには卒業が来てもいいとさえ思います。レッスンを受けてもらわなくても、別の場所でやってもらってもいい」ときっぱり。

「個人レッスン予約待ちのコーチ」のコーナーなのに、卓球を好きになったら、レッスンを受けてもらわなくても構わないとは大胆な。「私のことは嫌いでも、AKB48のことは嫌いにならないでください」と名言を残した前田敦子さんと≒の潔さ。お話を伺っているうちに、灘さんのレッスンが質問中心の理由がだんだんとわかってきました。

生徒さんに「強くなりたいんだったら、こういう練習をしなければならない。おもしろくないですよ。しんどいけど大丈夫ですか?」と時間をかけて何度も質問する灘さん。生徒さんは上手くなりたくてレッスンを受けに来るのに、なんでそんな愚門を投げるのかと不思議に思っていたのですが、キツい練習で卓球が嫌いにならないようにコンセンサスを取っていたんですね。過去の自分のように義務で卓球をしてほしくないという思いが強いゆえに。

だからと言って、質問と回答に時間をつかいすぎるのはどうかと思うなー。

「下回転ボールのドライブがうまくできない」という生徒さんの質問に対し、「リンゴの皮を一枚むく感覚で」「ボールを鉄の板に載せて持ち上げて返す」……etc よくこれだけ例えが出てくるなというほど回答されるのですが、生徒さんはどれもしっくりこない様子。そのうち生徒さんが自分で答えを見つけられるという自立学習塾のような指導テクニック。

グループレッスンでは、一人10分の指導時間のうち5分をQ&Aに費やし、ほかの生徒さんから「話が長くなり過ぎていますよ!」とツッコミが入る始末。

「話しているうちに、自分でも何を言いたかったのかわからなくなる時があります」と照れ笑いする灘さん。

質問と回答が少々空回りしても、それはレッスンを和ませる絶妙なエッセンスとしておきましょう。灘さんのレッスンを心待ちにして訪れるレディースたちは、ここでの卓球が本当に楽しそうですから。

そして、その朗らかな雰囲気に包まれて、灘さんも卓球の義務感から解放されているんじゃないかな。だって、その笑顔、卓球を始めたばかりの少年のようですよ!

↑コーチを始めた頃に撮影したオーナーとの2ショット。ハイビスカス柄はコーチ業に対する決意の表れ。

灘政伸コーチ

関西大学出身。全日本大学卓球総合選手権大会、全日本卓球選手権大会(ジュニア・混合)出場。大学卒業後、商社の営業マンを経て大阪・緑橋卓球場のコーチに。自身もクラブチーム(Flying cats)で活動しながら、レディースの指導やジュニアの育成に力を注ぐ。

緑橋卓球場 個人レッスン 1時間 3,850円。
大阪市東成区東今里1ー4ー15
TEL 06-6974-1616
http://midoribashi-base.jpn.org/