卓球競技は、はじめに言葉ありき

映画には一行で言える設定があります。例えばスティーブン・スピルバーグが製作総指揮を務めたSFの名作『バック・トゥ・ザ・フューチャー』。「主人公が次元転移装置で過去や未来に行く」という前提が用意されていました。全世界の人を虜にした本作品は、たった一行の設定から心躍る虚構の世界が広がったのです。

卓球はどうでしょうか? 力みのないスイングから放たれる回転量のわからないサーブ、緩急を操る華麗なドライブ、クロスからストレートへ意表を突くバックハンドといった相手を惑わして揺さぶるドラマティックなプレー展開。観戦者を魅了するプロの試合は、時に1本の映画を見終えたような興奮と感動をもたらすことがあります。このエモーションの源になるものとは何なのか。卓球という競技に、ある前提を見いだした人がいます。ワールドラバーマーケットのYouTube卓球動画で人気を博したXiaこと下川裕平さん。

彼は2年前に発行した卓球指導書『卓球の教え方の教科書』の中で、卓球の全体像を一行で語っています。「卓球という競技は『自分の時間をつくって、技術と変化の選択肢を増やし、相手の打つ時間を奪って技術と変化の選択肢を減らす』競技です」と。この一文を読んだとき、頭に浮かぶぼんやりとした卓球の文字が、くっきりとしたシルエットを帯びました。誰も言語化しなかった、けれど、卓球という競技が生まれると同時に存在した“相手の動きを崩す時間の概念”。上級者のみならず、初中級者の試合でも、手に汗握る感動のシーンと出会えるのは、この一行があるからではないでしょうか?

「卓球の教え方の教科書」そのB面
「卓球の教わり方の教科書」が聴きたい

卓球競技を俯瞰して、全体像を見つめる下川さん。卓球の本質をとらえた指導法でレディース層から絶大な支持を集めています。だからこそ教えてほしいのが“卓球の上手な教わり方”です。上級者のコーチと、初中級者の生徒の間に流れる深くて長い川。そこに相互理解の橋を渡す方法はあるのでしょうか? 卓球の指導者向けに書かれた「卓球の教わり方の教科書」のアンサーソングをお聴きしました。

――― 初中級者の多くは練習法に関する知識が少なく、上級者のコーチとコミュニケーションをとるための共通言語も不足しています。彼女たちが指導を受ける際、望み通りの練習を実現するには、コーチに何をどのように伝える必要がありますか?

「指導を受ける目的は大きく2つあると思います。ひとつは技術を覚えるため、もうひとつは試合に勝つため。後者であれば、どういったレベルの大会で、どこまで勝ち上がりたいのか、どういった戦型の選手に勝ちたいのか、自分の目標を明確にしてコーチに伝えること。試合のレベルがわかれば、教える側は飛び交うボールの質が判断できます。あとはコーチに任せれば、生徒さんの力量に応じて必要な練習メニューを考えてくれると思いますよ」。

――― 練習や試合をこなしていくうちに、本人が課題に気づくこともあります。その場合は、生徒から練習内容を提案してもよいのでしょうか?

「いいと思いますが、コーチの意見も聞きましょう。例えば『レシーブが浮いて相手に打ち込まれてしまう』というお悩みをレディースの方からよくお聞きします。ですが、こちらから見ると、そのパターンでの失点は10本中2本。印象に残るミスと、実際の敗戦につながっている失点は違う場合があります。試合後の課題は、ご自身の意見を伝えたうえで、コーチと一緒に練習内容をすり合わせていくことが大切。時間はかかるかもしれませんが、お互いに気持ちよく練習を続けるためにもコミュニケーションをはかりましょう」。

――― 定期的にスクールに通い、常に同じコーチから指導を受けられる人もいれば、時間がなく、単発レッスンで上達を図る人もいます。後者は何を教わるのが先決ですか?

「何を教わればいいかわからない時は、相手の打球が介入してこないサービスの出し方から始めるのが良いと思います。そこからの3球目攻撃。仮にツッツキやドライブなど、自分の得意技がひとつできた、もしくは既にあるなら、そこにつながるサーブを教わりましょう。
また、初級者や練習時間が限られている中級者は、用具に頼るのもひとつの手です。私も現在は自分の打球感覚、技術が及ばないところは用具に頼りまくっております(笑)。おすすめするのは薄い(飛ばない)ラバー。反発力が弱いので、力の調整をあまり気にしなくても相手コートにボールがおさまります。ラケットの木の部分に玉の当たりが近くなるので、実は初速が出るというメリットもあるんですよ。レディース選手に多い自然と前陣に張り付くスタイル、速いピッチでのラリー展開の場合、単純に相手の時間を奪うことができますね。相手と自分の技術力に差がある場合にも使ってほしい一枚です」。

――― 初中級者とはいえ、実戦を意識した練習、そして用具選びが大切なのですね。では、これから卓球を始められる初心者が身に着けるべき技術と、その優先順位を教えてください。

「ドライブの打ち方、サーブの出し方といった個々の技術に焦点を当てた練習が上達の近道になるとは思いません。もちろん、レベルがあまり高くない層だと技術単品で勝てることもあるのですが、卓球の全体像から見ると、卓球は点取り(または点を失わない)ゲーム。ボールをどれくらいどのように飛ばすかといった「弾く感覚」とボールに回転をかける「擦る感覚」。これらの打球感覚を養うことが1番です。次は、飛んできた玉に追いつくための「動く練習」、フットワークですね。それができたら、どこに来るか分からないボールに反応する練習、いわゆるランダムフットワークで不規則なボールに対応する能力を磨きましょう。レディース選手に限らず、ここまである程度のピッチでリズムよく出来たら、かなり上手な選手になってしまいますよ(笑)」。

――― 最後に、初中級のレディースに向けてメッセージをお願いします。

「あきらめないで、とにかく根気よく基礎スペックを上げていってください。ボールを入れる打球の感覚、ボールに回転をかける感覚、ボールに追いつくフットワーク、どこに来るかわからないボールに対する反応力。試合でパフォーマンスをあげるメンタルや準備、対戦相手の分析など。これらが底上げできると卓球はギャンブルではなくなります。地道に勝利の確率を上げてください!」。

練習内容を見直すキッカケに!

コーチに「何の練習がしたいですか?」と聞かれると、漠然として意の向くままに練習内容を決めてしまうレディースも多いと思います。ですが、その練習は基礎力アップにつながるのか? 目標にたどり着くための近道となるのか? インタビューを参考に、今一度練習内容を見直してみるのもアリですね。わからなければコーチに問いかけて、とことん話し合ってみましょう。卓球の全体像を知り、自分を俯瞰して指導してくれるコーチが側にいれば鬼に金棒。教わり上手になって、レベルアップを加速させてください!

下川裕平

大分県佐伯市出身。明豊高校(主将)、専修大学(主将)、東信電気株式会社(日本リーグ)を経て、ワールドラバーマーケット(株式会社アンビジョン)へ。優秀な指導者や卓球上達者の視点や感覚、考え方を初中級者層や卓球未経験者に伝えるノウハウを紹介・普及する活動を行う。2020年8月に同社を退職し独立。
「Xia論法」ブログは運営時1,500人/日、7年間で延べ300万人が訪問。卓球指導のメールセミナーを二つ開講。受講者は7,000人を超える。「卓球指導DVD」を8年間でのべ11本制作、累計販売本数は5,500本超のヒットを誇る。

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