ラケットの僕とご主人様
バラエティ
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近畿大学の学生さんが卓球レディースのために書いてくれた卓球小説。卓球大会で戦っているのは選手だけではなくラケットも。個性あふれる登場人物とカラフルなラケットたちが織りなす卓球青春ストーリー。今回は黒色のラケットを握る黒田選手の引退をかけたお話です。
体育館の天井は高く、夏の名残の湿気が音を吸い込んでいた。
ボールが弾む音だけが、やけに大きく聞こえる。
ーー黒田にとっては、最後の大会だった。
引退を決めたわけではない。ただ、そう決めてきたように身体が知っていた。
赤松と当たるのは、これがきっと最後だ。
その気配だけが、会場の空気よりも重かった。
ーー来たな。
赤いラケットのあかまるは、ご主人様=赤松の利き手の中で静かに息を整える。
招待状には一行だけ、こう綴られていた。
「久しぶりに、決着をつけよう」
差出人は、黒田。
若いころから、勝っても負けても終わらなかった名前。
技術でも理屈でもなく、“譲れなさ”だけが同じだった男。
赤松の大学時代からのライバルだ。
観客席から、その黒田がこちらを見て、わずかに口角を上げる。
あかまるには分かる。
あれは挑発でも余裕でもない。
“まだ終わっていない”という確認だ。
そしてトーナメント表が張り出される。
一回戦は、みどりラケット使いのようだ。
おそらくどれも曲者揃い。
だが、赤松はラケットを軽く回すだけだった。
「……面白くなりそうやな」
その一言で、あかまるの芯が、きしりと鳴った。
一回戦:みどりラケット
相手は若い。
みどりラケットは、コートに立った瞬間から跳ねていた。
みどりラケット
「よっしゃー!強そう!でも関係ない!先に叩いたもん勝ちや!」
選手も同じで挑発してくる?タイプだ。
「いきますよ!遠慮なしで!」
そう言って、深く一礼もせず、すぐ構える。
第1ポイント。
爆音のようなフォアドライブ。
ー速い。
観客がどよめく。
あかまる
「勢いは本物。でも…」
次の瞬間、ご主人様の赤松は一歩も下がらない。
コンパクトなスイング。
角度だけを変え、ボールはネット際に吸い込まれる。
「うっそ…!」
みどりラケットを持つ選手が思わず声を漏らす。
そこからが激流だった。
みどりは打つ、打つ、打ち続ける。
力、回転、気合。
全部、真正面からぶつけてくる。
「なんで返るんや!今のも!これも!」と、みどりラケット。
汗が床に落ちる。
ラリーは20本、30本を超える。
だが、あかまるは感じていた。
勢いは、削れる。
ご主人様の赤松が一度だけ、声を出す。
「焦ったらダメじゃ。まだ来るぞ」
その直後、緩急。
ふわりと落としたボールに、みどりの足が止まる。
試合終了。
みどりラケットを持つ選手は、息を切らしながら笑った。
「いやぁ…楽しかったっす!強いっすね!」
みどりラケット
「くそ…でも、なんか嫌じゃない負けや」
元気な拍手が、コートに残った。
二回戦目は準決勝でピンクラケット使いのようだ。
ピンクは登場の仕方から違った。
ラケットも選手も、軽やかで、明るい。
「よろしくお願いしまーす!」
手を振りながら、観客に小さくウインク。
ピンクラケット
「空気はね、つくるものよ♡」
試合は、リズムの戦争だった。
短いラリー、急なロング。
テンポを崩すフェイント。
ピングの選手は、笑いながら、確実に点を取る。
「今の、いいでしょ?」
ベンチに向かって、軽口を叩く余裕。
あかまる
「この子…遊んでるようで、全部計算してるのか?!」
第2ゲーム、デュース。
観客の空気が張り詰める。
ピンクのスマッシュ。
あかまるが、限界までしなる。
次は逆サイド。
次はドロップ。
「集中。集中。負けたくないわ」ピンクラケットはひたすら自分へ励ましの声を掛け続ける。
ラストポイント。
ご主人様は、あえて強打しない。
コースだけを突く。
ーーネットイン。
ピングの選手は一瞬止まり、
それから、にっと笑った。
「いや〜、負けたわ〜。でも最高だったわ!」
握手のとき、耳元で囁く。
「決勝、楽しみにしてますね♡」
あかまるは、その言葉が本気だと知っていた。
ついに決勝戦。対戦はやはり黒田とくろラケット。両者は語らない。
会場の空気が変わる。
黒田が立つ。
「来たか。」と、くろラケット。
挨拶は短いが、重い。
第1球から、質が違った。
重い。深い。逃げ場がない。
「…強い」と、あかまるが呟く。
ラリーは、静かで、凶暴だった。
一打ごとに、互いの過去を叩きつける。
黒田が言う。
「まだ、その打ち方してるんやな」
ご主人様の赤松が返す。
「お前もな」
点差は開かない。
観客は息をするのを忘れる。
最終ゲーム、9-9。
黒田のバック。
ご主人様のフォア。
ーー長いラリー。
「譲る気はないぞ」
「僕もご主人様もだぞ」
くろラケットとあかまるが言葉を交える。
最後の一球。
ご主人様が踏み込む。
音が、弾けた。
ボールは、白線の内側に留まり落ちる。
勝敗が決まった瞬間、
誰も声を出さなかった。いや、圧巻の試合で声が出せなかったという方が正しいのかもしれない。
黒田は、しばらく下を向き、
それから、あかまるを見て言う。
「良いラケットだ」
ご主人様の赤松は笑う。
「お主もな」
最後の一本を終えた瞬間、2人は互いに、積み重ねてきたすべてを台に置いてきたような、悔い
の残らない試合をやり遂げた達成感に包まれていた。
表彰式も終え、体育館の照明が一つ、また一つと落とされていく。
観客は帰り、床を踏ん張って切り返していた音は、今では無音空間になっている。
残っているのは、
汗の匂いと、張りつめたまま解けない空気だけである。
黒田は、くろラケットをケースに入れず、しばらく手に持ったままだった。
まるで、まだ終わっていないとでも言うように。
「……今日さ」
誰に向けたとも分からない黒田の声。
「昔な、勝つことしか考えていなかった頃があったんだが…」
赤松は答えない。
あかまるだけが、その言葉の重さを受け取る。
黒田は続ける。
「でも今日、負けて思ったことがある。勝ち負けより、ここに立てなくなることの方が、ずっと怖いと
な」
目線の下では、くろラケットを握っている手が僅かに震えていた。
赤松が、ようやく口を開く。
「辞める理由、なくなったのぉ」
黒田は一瞬、驚いた顔をしてから、
小さく笑った。
「そうだな」
二人はそれ以上、何も言わない。
言えば壊れる何かが、そこにある気がした。
あかまるは知っている。
今日の試合は「勝負」じゃない。
確認だった。
まだ振れるか。
まだ向き合えるか。
まだ、この音を鳴らしていけるのか。
ラケットは所詮ただの道具に過ぎない。
だが時々、人の時間を黙って抱え込んでしまう。
ご主人様の赤松が、あかまるのグリップを、ゆっくり撫でる。
その手の温もりが全ての答えだった。
体育館の外では、茜色の夕焼けが夜へと変わっていた。
それでも、二人はすぐには帰らない。
黒田が言う。
「次は、勝ち負けのない大会へ出ないか?」
「その試合はワシらに意味はあるのか?」 とご主人様の赤松。
「ある。終わらせないための試合だ」黒田は語気を強めた。
あかまるはその瞬間、確信する。
この関係に、エンディングなど存在しない。
あるのは、更新されるストーリーのみ。
あかまるはケースに収まる前に、最後に一度だけ思い返す。
今日も、ちゃんと戦えた。
でも、まだ燃え尽きてはいない。
静かな夜。お互い握られる日が来る。
そう確信したんだ。

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