こちらは『卓球レディース』編集長の西村が、NOルールで綴る馬鹿馬鹿しい卓球日記です。世界卓球のシングルスで中国・王芸迪選手を破り銅メダルを獲得した早田ひな選手。心からの祝福の想いをここに。
卓球史に残る名試合と、おばちゃんの頭に残った印象と
世界卓球の9日間、みなさま毎晩遅くまでおつかれさまでした。子供と一緒に布団に入る早寝遅起の私も、暁を覚えないものの春眠には至りませんでした。
だって美宇ちゃんが田志希にストレートで勝ったり、Wみゆうが銅メダルを決めたり、日本選手が活躍するから興奮してなかなか寝付けないんだもの。なかでも女子シングルスの準々決勝、早田ひなVS王芸迪戦はしびれましたね。
ゲームの序盤からお互い集中力が会場にラップ現象を起こすような緊張感。私も背筋が伸びる思いで観戦していたのですが、本当の正念場はゲームオールから。8₋10からひなちゃんが追いつき、「チョレイ」の雄叫びが奇声に変わった瞬間が伝説の始まりでした。
デュースに次ぐデュース。一進一退という四字熟語はこのゲームのために生まれたんじゃないか? と先人に問いたくなるような美しくも不安な一本一本の攻防。12₋12で空を仰いで何かを語るひなちゃん。この時は「20点越えになるよ」との天の声は聴かなかったんじゃないかな……。
お二人ともメンタル極限状態の中で戦っていることは間違いない……はずですが、12₋13になると、王芸迪が思わずペロッと舌を出し、対するひなちゃんは素の表情。続いて13₋13の展開では、ひなちゃんがネットインのボールを押し込んで笑い、対する王芸迪は素の表情。傍から見ると両者の余裕すら感じる笑顔のシーソーゲームが始まりました。一喜一憂という四字熟語はこのデュースのために生まれたんじゃないかな? と先人に問いたくなるような美しくも儚いお二人の印象。
ゆるんだり、しめたり、緊張の糸はいつもひなちゃんが引っ張っていて、綱引きならぬ糸引きに勝ったら一本とれる。ひなちゃんの緩急の効いた攻撃を見ながら、戦術なんて使えた試しがない初中級のおばちゃんはそんな妄想に浸るのですよ。
なにかと経験不足な私なもんで、15₋15でひなちゃんがタオル休憩した時は「えっ? なんでこのタイミング???」と一瞬頭がフリーズ。「15+15は30、6で割り切れる」。そんな暗算確認をしてから落ち着きを取り戻しました。ところが、冷静になり過ぎたあまり、15₋15!!! という数字の重みに圧倒されて、思わずリモコンの消音ボタンをおしてしまいました。
音のない、歓声のない世界。ネット&オーバーながら、夜明けの新雪を踏みしめるような静かで深い一点一点を見守りながら、もう一度消音ボタンを押して音の世界に復帰しました。
私のレディース友達は「17-17からは結果が怖くて、両手で顔を隠した。音声だけで『まだ続いてる』って確認してたのよ」と一瞬を千秒に生きる心境を語りました。
そして18-18。お互いのサービスエースで場の緊張感がさらに高まり19₋19。ここでも二人は笑いあっていました。
私も誰かと笑顔を交わすことは日常ですが、この舞台は非日常。勝つか負けるかで歴史が大きく変わるこの瞬間に笑顔でいられる心境は凡人の私にはわかりません。もしかすると、人間は究極の緊張状態になると、笑うしかなくなるのでは(仮説)?
ほとんどの観戦者は、慎重な面持ちで二人を見守る馬琳監督と石田コーチと同じ“親”心境だったと察します。そして迎えた20₋19。ひなちゃんがマッチポイントを握ると、ここで笑顔のシーソーゲームはぴたりと止まりました。
一瞬訪れた静けさ。
最後はひなちゃんのコースをついたバックミートが決まり、21₋19でひなちゃんが勝利。「やったー! 勝った勝った!!!」。
笑顔を見せたあと、利き腕で顔を隠し、くっくっくっと体を震わせるひなちゃん。私には笑っているように見えました。腕を外したら嬉しくって満面の笑顔なんだろうなって。シーソーの高いところから見た世界は、輝きの未来なんだろうなって。
だけど、腕を外したひなちゃんの顔はぐしゃぐしゃに崩れていました。涙があふれる大きな瞳に映るのは未来ではなく、過去。
10オールからの10分前の過去なのか、オリンピックのリザーブメンバーだった2年前の過去なのか、それとも石田卓球に通い世界を目標にした10年前の過去なのか……。
推測ばかりでわかりませんが、私に言えることはただひとつ。
「早田ひな選手、銅メダル獲得おめでとうございます」。